9月21日
名もない花 ジャガとピヨ
「滑ろうぜ」と言われて土手に来た意味とジャガーがダンボールを引きずっている意味がわかった。
結果、尻が割れそうになったし、速度のついたソリは土手の下で2人を投げ出した。なんでこんなことをと思っていると、顔先に花が咲いているのを見つけた。
「ジャガーさん、花」
「かわいっ、写真撮ろ」
なんで、わたしだけ ジャガピヨ
「ジャガーさんは、なんで僕にだけ優しいの」
隣に座っているジャガーが、数秒見つめた。
「優しいか?」
そう言われると、特別扱いはされているが特に優しくはなかった。
「確かに、違うかも」
「そうだろ、オレのいいとこばっかり見てるからだよ。つまりピヨ彦がオレにだけ優しいってのが正解だな」
9月22日
遺言ですよ? ジャガとピヨ
身体が震える。寒くてたまらない。肌がビリビリとして、もう本当に死ぬんじゃないかと思った。頭に冷たいシートを貼ってくれるピヨ彦に、伝えなきゃいけないことがある。
「ピヨ彦、オレ本当はお前のこと好きなんだ」
「おかゆ食べなよ」
「ずっと一緒にいたかったけど…ごめん…」
「薬飲みなよ」
褒めてやろうか? ジャガピヨ
「ピヨ彦はさ、可愛い目してるよな」
「えっそうかなぁ、なんかちょっと複雑だけど…ジャガーさんは鼻筋スッとしてるよね、眉とかも整ってるし」
「えっそうか〜?でもピヨ彦もさあ、守りたい感じがするっていうか」
お腹が空いたのでなにかもらおうかと思い階下を伺う。拙者は今降りれないみたいだ。
9月23日
いずれまた、どこかで ジャガピヨ
そふとくり〜むの引越しを手伝っている。額の汗を拭うと、ピヨ彦はいつまでここに住むつもりなんだとケミカルよしおに声をかけられた。
「あの人がいつ帰ってくるか、わかんないから」
「あぁ、まあでも、どこにいたってお前のところに帰ると思うズェ」
カン、と鉄骨の階段と革靴が触れ合う音がした。
お代はキスでいいよ ジャガとピヨ
ゲーセンをフラフラと流していると、ピヨ彦の目線が3秒ほど小さなマスコットに止まった。すぐにポケットに入れていた小銭を筐体へ入れた。300円で取れたのでピヨ彦に渡す。ありがとうと言われたのでお代はキスでいいと返す。ピヨ彦はオレを無視して、マスコットを家の鍵に付けはじめた。耳が赤かった。
9月24日
躾はしっかりとお願いします。 ジャガとピヨ
据え膳食わぬは男の恥、だし? ジャガピヨ
毎日抱きしめても、やはり緊張するらしい。
こわばる身体を緩めるために、ピヨ彦の背中を何度も擦る。背筋の陵線を辿ると、ぐっと背中が反っていく。逃すまい、と耳の下と首の境目あたりに歯を立てる。ビクと肩が震えるのを合図に、続けざまにそこを音を立てて吸った。あ、と声を漏らしながら身を捩らせるピヨ彦の背中を手のひらで強く抱き寄せる。薄いシャツの下の温度が心地よかった。手を下に滑らせて腰の辺りをやわやわと揉む。唇同士を触れるか触れないかのところで止めると、ピヨ彦が腕をオレの背中に回してきた。
というのが昨日の話で、今は授業中。ピヨ彦がトイレに行くというのでなんとなくついてきた。パシャパシャと手を洗うピヨ彦の背中を眺めていると、糸くずを発見した。オレは手を伸ばした。
「ひゃっ、」
「えっ」
ピヨ彦の喉から変な声がもれる。
「どうした」
「いや、背中……触んないでよ」
ピヨ彦の顔がみるみる赤くなって、オレは参ってしまってピヨ彦を個室に押し込んだ。
9月25日
甘やかしてよ ジャガとピヨ
ピヨ彦は毎日家事をしてえらいなあ、そう思ったので呼び寄せる。疑うことなく近づいてくるのが可愛かった。布団でぐるぐる巻きにする。ピヨ彦の上半身を抱え込んでポンポンと叩く。
「何?これはなんなの?」
「いいからたまには甘やかされ
てろよ」
「甘やかしてるんだ、新しい
SMかと思っちゃったよ」
聞こえなかった告白 ジャガピヨ
漫画から目を離して伸びをした。ふうと息をつくと、教卓の上で胡座をかいているジャガーと目があう。しばらくなぜか見つめ合ってしまう。ジャガーが口をタコのように突き出した後、今度は食いしばるように横に広げた。何を伝えようとしているんだ。う、い、なんだろう。あっ、「す」「き」か。何で今。
9月26日
人恋しい冬に、ひとりぼっちだ ジャガとピヨ
マレーシアに雪は降らない。もうすぐ年末だというのに、ちょっと涼しいくらいだ。天井を眺めながら、古びたアパートと冷えやすい手に想いを馳せる。
航空券のサイトを見る。電話が鳴る。
「もしもし?近々帰るけど満足か?」
「まだ何も言ってないんだけど」
「寂しがりやの言うことくらいすぐわかる」
褒めてやろうか? ジャガピヨ
皿を洗っていたら「4ポイント」、風呂から出たジャガーさんに着替えを出すと「10ポイント」と言われた。何なんだろう。
「500ポイント貯まったらチューしてやるぞ、長い道のりだけど頑張れよ」
「貯まんないとチューできないの?」
「そうだよ」
「え〜、寂しいな」
「言い方が可愛いので480ポイント」
9月27日
えっ、俺がハニーなの? ジャガとピヨ
階段を登ると弦の音が聴こえた。まーたギターを弾いてやがる。台所の窓から覗くと、ノートに何か書いているのが見えた。こちらには気づいていないようで、ボソボソと歌い続ける。好き、ハニー、苦しい、作詞の才能無いな〜と思っていると、ピヨ彦が、ジャガーさん、と呟いた。オレは階段を駆け降りた。
酔っぱらいの戯言 ジャガピヨ
ふと目が覚める。身体が痛いが暖かくて心地が良い。頭の下にはザラリとした生地の布と、固い、多少柔らかな感触がある。目元を擦り付けると弾力がある。そう、まるで好きな人の腕みたいな。腕?
同居人と抱き合って寝ていて驚いた。目の前のジャガーの顔に気づいて一気に覚醒したピヨ彦がガバッと起き上がると、身体の下にあった腕を引き抜かれたジャガーがうぅと唸った。ご飯を食べて、一緒にお酒を飲んだところまでは覚えている。現に机の上に2つのグラスが、ジャガーの頭の上には空いたボトルが転がっている。頭が痛い。ふと、口の周りがビショビショになっているのに気がついた。ただ涎が垂れただけではこうはならない。手の甲で拭う。
ジャガーがのそりと起き上がり、あ〜頭痛えと呟いた。
「え、なんでオレ口の周りビショビショなの」
「わかんない、僕もビショビショなんだけど」
「ところてんとか食ったっけ」
「買ってないよ」
困惑しながら互いの顔を見つめ合う。なぜか互いの唇に目が止まってしまう。目線を外しながら、そんなわけないよなあ、と思った。頭が痛い。
9月28日
君をお買い上げ ジャガとピヨ
「季節の変わり目にぴったり、秋のピヨひこ堂フェア」
「やめようよ」
「まず一つ目はピヨ彦安産守」
「誰が買うの」
「続いてはピヨ彦抱き枕」
「ねえ本当に誰が買うの」
「これは世界に一つだけの限定商品なんだ。裏面がエッチだからオレが買った」
「思ったんだけど季節の変わり目関係なくない?」
どこへ帰ればいい? ジャガピヨ
ちょっと遠出をしたら帰り道がわからなくなった。ジャガーの言う通りに進むと、街を見渡せる小高い丘に出た。
「あれガリプロじゃないか?」
「ということは家と真逆だね」
ジャガーが困ったように唸る。
「とりあえずあのお城まで行こうぜ」
「あれお城じゃないよ、ってかわかってて言ってるよねえ」
9月29日
ぐっない、良い夢を ジャガとピヨ
ピヨ彦は、寝言はすごいがいびきはかかない。胡座をかいてぼんやり寝顔を見つめていると、死んでるんじゃないかと心配になる。口元に手の甲を寄せると、寝入りかけていたらしいピヨ彦が「生きてるよ」と言った。
「心配なんだ」
「布団、入っていいよ。そしたら生きてるか死んでるかすぐわかるでしょ」
世界が狂う ジャガピヨ
毎日ダラダラして、息をして、たまに口を重ねたり、身体を重ねたりしていていいのだろうか。生き物としての世間体がじっとりと背中にのしかかった。
「やっぱりこんなの、おかしいのかなあ」
「そんなことないさ」
熱い手に指を絡められ、グッと握られる。
「オレたちはまともだよ、ずっと、ここ数年」
9月30日
愛が歪んだ ジャガとピヨ
ふとピヨ彦がどこかに行ってしまうのではないかと心配になる。あまりにも普通なやつだ。普通に普通の暮らしをして、普通に恋とかするのか。ダメだ。閉じ込めておかないといけない。
「ピヨ彦、もうどこにも行かないでほしい」
「ご飯買いに行くけど」
「行かないでくれ」
「一緒に行く?」
「行く」
誰よりもその場所が欲しいの、 ジャガピヨ
ジャガーの膝の上が家にいる時のピヨ彦の定位置になってから数週間が経った。
無意な時間を過ごす教室で、ジャガーが隣に座った。太ももに目がいく。目を逸らしてもそわりと身体が疼く。気づいたジャガーが教室の後方に向かってパンと手を鳴らした。
「ハイみんな今日は終わり!帰って!今すぐ帰れ!」