10月11日
お好きな方をどうぞ ジャガとピヨ
鍵を開けると、ジャガーが身体を滑らせるようにして先に家に入った。
「おかえりのハグとキス、どっち」
「ハグ」
靴を脱いだジャガーがピヨ彦を包む。買い物袋がガサリと音を立てた後、ついでのようにピヨ彦の頬と口の間をじゅうと吸った。
「結局するんじゃん」
「オレにだって選ぶ権利があるからな」
泣けない子 ジャガピヨ
河原でギターを弾く。誰も僕のことなど気にしないし、僕だって気にしない。学校に行っても無駄だ。家にも帰らない。赤い髪の男の子がこちらを見ている。外国人だろうか。気にしない。ギターの音だけ響いている。
頭上から何かが降ってきた。一瞬遅れて、それがたんぽぽだと気づいた。
男の子が走って逃げた。
10月12日
もう顔も思い出せない ジャガピヨ
どんな仕事をしてもどこに行っても、地球の外に出てみても、結局のところお前に似たヤツを探しているような気さえする。流石にくたびれた身体を引きずって、見慣れた道を歩く。ポストカードは返送されなかったので、今もここにいるはずだ。
グッピーだらけのこの世界で、お前だけがひよこに見えるのだ。
言ったもの勝ち ジャガとピヨ
惚れた弱みって言葉があるだろ。結局好きになっちまった方が負けなんだ。好きってことは好かれたい、相手を敬っちゃってるんだよな。だから立場が下になる。絶対に言わない方がいい。だから、
「ジャガーさん、好きだよ」
バカお前そんなのオレだって好きだよ。だから、好きって気持ちは見せない方がよくて、
(下に続きます)
10月13日
言ったもの勝ち ジャガピヨ
「今好きって言った!?」
「言ったけど」
「オレの話聞いてた!?」
「聞いてたけど」
「なんで言った!?」
「告白されたい派なんだなと思って。普段からジャガーさんが僕のこと好きなのダダ漏れだから、それで僕もずっと好きだったから」
「何なんだよいいよもうオレの負けで!」
「2人で勝とうよ」
駄目にならない程度でお願いします。 ジャガとピヨ
あぐらをかいてぼんやりとしている。後ろからジャガーさんが抱きついてきて、脇腹から通した腕をベルトのようにして僕の身体を後ろに引き倒した。2人とも仰向けで天井を見る。背中の体温が温かい。
「ラッコの親子」
ジャガーさんがそう言って、僕はこんな生活はもう本当にやめなければいけないと思った。
10月14日
忘れてあげる ジャガとピヨ
「ピヨ彦、初恋はいつだ」
突然のことに、眉間を寄せた。戸惑いながら、なんとか思い出す。
「中二…の夏?」
目線を右上に逸らしていたので、目の前の手に気づかなかった。すごい勢いで指が弾かれて額に当たった。
「痛っ何すんの!」
「忘れた?忘れたか?オレオレ、お前の初恋の人、ジャガーだよ」
君のいない春に眠る ジャガピヨ
桜が咲く頃にはまた出発すると聞いていたが、時間が進むのは早い。日本に戻ったジャガーとの暮らしに慣れてしまったピヨ彦は、玄関を眺めながら畳に頬をつけた。目を閉じる。戸がダンダンダンと勢いよく叩かれて飛び起きる。玄関を開けるとジャガーが立っている。
「忘れ物した!」
ピヨ彦の手を引いた。
10月15日
チョコとかパフェとか、愛とか ジャガとピヨ
一番高いヤツ頼んでみたいと言ったのが失敗だった。目の前にはクソでかいパフェが鎮座していて、ピヨ彦の顔が見えない。花火が頭上でバチバチとしていて落ち着かない。多分オレと同じ顔をしているピヨ彦の声だけ聞こえる。
「ジャガーさん、僕もなるべく、頑張るから…」
甘いなあ、とオレは思った。
いっそ泣いてくれたほうがましだった ジャガピヨ
ジャガーさんが部屋の隅で膝を抱えている。笛を吹くのを強要された僕が本気で怒ったからである。足元にキノコが生えている。
「ピヨ彦に嫌われた」
壁に向かって呟くジャガーさんに近づいて、キノコをむしる。頬に口を寄せた。
「嫌ってないよ」
「本当か?」
「ほんとだよ」
「笛吹くか?」
「吹かない」
10月16日
悪天候はむしろ、好都合 ジャガとピヨ
突然空が唸って雨が降ってきて、シャッターの閉まった店の軒先に駆け込む。暫く動けないなと思った。服の穴からタオルを取り出してピヨ彦の顔を包むと、なんでタオル持ってんの、と声がした。偶然、と返事をして髪をわしわしと拭いてやる。後頭部も拭いてやろうとタオルをずらす。それはヴェールのように見えた。
褒めてやろうか? ジャガピヨ
「よく何年も一緒に暮らせてるYOね」
「まあ…大変だけど、飽きないし。たまに、だけど家事も手伝ってくれるし」
「ジャガー殿のこと好きなの〜?」
「え〜まあ、好きか嫌いかでいうと好きだけど」
ICレコーダーの停止ボタンを押す。
(ごめん、ピヨちゃん。ジャガー殿がカニカマくれるって言うから…)
10月17日
その靴を脱ぎ捨てて ジャガとピヨ
歩き疲れたところで、駅に足湯があるのを見つけた。2人で吸い寄せられていく。湯に入ると、ジャガーの日に焼けていない足が眩しく光った。
つ、と指先が近づいてくる。足の甲にできたクロックス焼けを、端から順番にジャガーがつつく。恥ずかしいような、擽ったい感じがして、攣るよ、とだけ注意をしておいた。
幸せの終わり ジャガピヨ
膝の上に頭を預けた耳に、ピヨ彦が綿棒を突っ込んでいる。急所である耳をさらけ出す相手がいるのは心地いい。てか、ただの同居人がこんなことをするだろうか、つまり、
「ジャガーさん、終わり」
「まだダメ」
つまり、甲斐甲斐しくオレの世話を焼くピヨ彦はオレのことが大好きなのだ。
「終わりだって」
「終わるな」
10月18日
ね、狸寝入りさん ジャガとピヨ
ただいまあ、と間伸びした声がする。寝ていたオレの顔を覗き込んでくる気配がした後、押し入れを開ける音。毛布をかけられた。毛布を身体と床の間にグイグイ押し込まれて、足先だけ残して包んでいく。ピヨ彦がぼそりと、エビフライ、と言った。
オレはたまらず、どこか食いに行くか、と返事をしてしまった。
はじめまして、を繰り返す ジャガピヨ
アンケート調査のバイトは大体断られる。まあノルマなんて無理なので、1時間に5人いけたらいい方だ。さっきからジャガーさんが近くをうろついている。近づいてきた。尻を膝で小突かれる。
「アンケートしろ」
「ジャガーさん最初にやったでしょ」
「オレはジャガーじゃなくて地獄峠です。終わらせて早く帰ろうぜ」
10月19日
そろそろ気付いてよ ジャガとピヨ
大変な日常を求めてはいない。振り回されるのなんて、好きなわけないじゃん。なんでわからないのかなあ。家事だってやらないからやってるだけだし、ふえ科をやめないのだってそうだし、僕がなんとも思ってないなら、手だって握り返すわけないじゃん。なんでわからないのかなあ。ジャガーさんはただニヤニヤしている。
ぐっない、良い夢を ジャガピヨ
ピヨ彦が風邪をひいたので張り切っている。卵粥だって美味くできたし(一緒に入れた笛は避けていた)、今も額に冷却シートを貼ってやって布団に押し込み、笛の抱き枕を抱えさせた。抱き枕を布団から蹴り出される。はいはい、人恋しいんだな。オレも布団に入ると背中に手が回る。いつか笛恋しくなってほしい。
10月20日
ね、狸寝入りさん ジャガとピヨ
ジャガーさんが帰ってきたので、みんなでご飯を食べにきた。酒も入って、なんだか横顔を見ていられなくて、酔ったふりをして、机の上で腕を畳んで顔を伏せる。僕が寝たと浜渡が騒ぐ。背負って帰るよ、とジャガーさんが言った。
同じ家に帰れるのだ。口の端が上がる。顔を伏せていてよかったと思った。
水槽に浮かべる ジャガピヨ
クヤシスがいた水槽にジャガーさんが水を張っている。何か飼うのだろうか。金魚でもメダカでも、結局僕が世話をすることになるので本当はやめてほしい。
マリモだった。
その夜、口が触れる寸前、急に立ち上がって水槽にバスタオルをかける。マリモに見られたら困る、と言った。見ないだろう、マリモは。