2022年10月21日~31日

 

10月21日

君が沈んだ海に告ぐ ジャガとピヨ
トンネルの上を、サメやらエイやらが悠々と泳いでいる。見上げると、こちらを覗いている人たちの影が見えた。上からも見れるのか。ピヨ彦にここに立っているように頼んで、階段を登る。魚たちと一緒にピヨ彦がゆらめいている。笑顔で手を振っていて、ふと、泡になってしまったらどうしようと怖くなって駆け降りた。

花言葉で愛を告ぐ ジャガピヨ
水族館を出ると、ジャガーさんがポケットに手を突っ込んで動かなくなった。目線の先にはアイスのキッチンカーがあり、ポケットの中で小銭がチャリチャリ鳴っている。
10月だよ、寒いよ。でもこうなったらテコでもダメなのだ。
結局バニラ、僕はイチゴのアイスを食べた。隣の肩だけが温かかった。

 

10月22日

「新手の誘い文句ですか?」 ジャガとピヨ
掲示板のチラシに「フリマ開催」と書いてある。明日か。ピヨ彦の方を向くと「行かない」と言った。
「なんで?」
「や、別に…明日はダラダラしたいから」
「ふーん、オレ行こうかな」
「……」
「え、何?なんでそんな顔すんの?」
「疲れるよ」
「今日の夜?」
ピヨ彦が窓の方を向いて黙ってしまった。

嘘でもいえない ジャガピヨ
困らせたい。そういう気持ちが定期的にやってくる。我ながら小学生のようだと思う。
「嫌い」とか、言ってみようか、無理だな。可愛い顔を見ながらそんなことは言えない。もし言って、「ああそう」なんて言われたら立ち直れない。
机の向こうのピヨ彦が「どうしたの」と言った。手を掴んで両手で握る。

「き……」
様子がおかしいので声をかけたら手を握られた。西陽が差して、ジャガーさんの頬を照らす。モゴモゴとしていたジャガーさんが、ようやく口を開く。
「清彦」
何かやましいことでもあるのだろうか。
「なに、ジュン市さん」
ジャガーさんが窓を開けて叫んだ。
「オレが困ってどうするんだよ!!」

 

10月23日

恋の代名詞 ジャガとピヨ
新発売と書いてあったカフェオレを買った。変な味がして美味い、と言うとピヨ彦がひと口ちょうだいと言ってきた。信じられない。
「や…それって、間接キスじゃん…」
「そんな気にしなくても」
「いやオレがピヨ彦のこと好きだから抵抗あるんだよ」
手汗でペットボトルが地面に落ちて、ピヨ彦が笑った。

幼馴染、やめたいんだけど ジャガピヨ
もう一度枕に顔を埋める。日曜日だ。まだ寝ていたっていい。意識が枕に吸い取られていく。
3度寝は叶わなかった。なぜか布団の中にジュンくんがいる。
「おはよう」
「なんでいるの」
「いいだろ、小さい頃はよく一緒に寝ただろう」
そう言いながら、頬に吸いついた。もちろん小さい頃にキスなんてしていない。

 

10月24日

「癒しが欲しい」「俺とかどう?」 ジャガとピヨ
ジャガーさんがにじり寄ってきて顔中を触ってくる。髪をぐしゃぐしゃにして、口に指まで入ってきた。
「なに、なんなの」
「いやちょっと、癒しが欲しくて」
目を見ると、普段より眉尻が下がっている気がする。
「…それならそうって言ってよ」
ジャガーさんの胸元に上半身を預ける。また手が伸びてくる。

躾はしっかりとお願いします。 ジャガピヨ
ピヨ彦の左手をじっと見つめている。漫画雑誌の読んでいないページが薄くなるのを願っている。最後のページを親指が弾くと、オレは声をかける。
「外行くの?いいよ」
教室を出て、特に行くあてのないままぶらぶらとする。目的のない足先によく付き合ってくれるものだ。よく躾けられている。いいやつだ。

 

10月25日

惚気はいいので、用件を ジャガとピヨ
なぜかジャガーが朝から202号室にいる。ピヨ彦と喧嘩でもしたのかと思ったが別にそれは俺たちの知ったことではない。ただでさえ人が多い上に部屋の真ん中で大の字になったりするのはやめてほしい。腹が減ったというので飯を作って食わせてやる。
「ピヨ彦が作る方がうまい」
「お前もう帰ればいいらろ」

お好きな方をどうぞ ジャガピヨ
「たけのこときのこ」
不意に声をかけられる。ジャガーさんがこちらをじっと見ている。どうやら僕への問いかけだったらしい。
「どっちが好きだ」
「うん…正直どっちでもいいよ、どっちも美味しいし」
「両方好きか」
「うん」
「オレはピヨ彦だけが好きだね」
「ねえ〜今そんな話してなかったじゃん」

 

10月26日

シガーキス ジャガピヨ
君たちの幸せは、悲しいね。 ジャガとピヨ
こちらから

 

10月27日

叶わない約束なんて、しないでよ ジャガピヨ
幸せかどうかはともかくも、 ジャガとピヨ
「ピヨ彦、ケーキ買お」
寒々とした売り場で、カゴに牛乳パックが入った重みで指がバネのように伸びる。ショートケーキが互い違いに入れられたパックをジャガーが掴んでいる。50円引き。
「先週も食べた」
「何回でも食べていいんだ、10月は」
レジで袋がいるかいらないか訊かれる。いらないと答えると、隣でジャガーが「ケーキだけシール貼ってください」と言った。ケーキは袋に入れられることなく、ジャガーが両手で持って帰った。
夕飯を食べ終えると、待っていましたとばかりにジャガーが立ち上がる。ケーキを皿に乗せる。妙な節で歌を歌い出す。
「幸せな誕生日、お前に、幸せな誕生日、お前に」
「日本語にしたらいいってもんじゃないよ」
「ローソク無いな」
ジャガーが話を聞かないのはいつものことだ。いちごにかかった粉糖がダマになっているところを眺めていると、鼻先にジャガーの人差し指が突き立てられた。
「ふう、ってしろ」
「……」
「願い事が叶うぞ」
ねがいごと、と頭の中で繰り返す。驚くほど、無い。どうしてだろう、もっとあるはずなのに。ギターで成功したいだとか、もっと生産性のある日々を送りたいだとか、友達が欲しいだとかモテたいだとか。幸せになりたいだとか。短く切り揃えられた爪先を見ていると、そういう気持ちがすべて消えていった。
は、と短い息だけが出て、ジャガーが「無欲だな」と言った。もういいよ、というジャガーの声がその後聞こえて、怒らせただろうかという気がして目線を上げる。人差し指はそのまま、ずっと顔の前にある。
「繰り返せよ」
「え、」
「ジャガーさんに、来年も祝ってもらいたいです、ふー」
繰り返さないでいると、首元の下、肺の付け根のあたりが、カッと熱く締め付けられる心地がした。
「覚えといてやるから、多分」と、ジャガーが言った。

 

10月28日

甘やかしてよ ジャガとピヨ
「尻の型をとらせてくれないか」
数秒思考が固まったピヨ彦が、なんで、と口にした。
「ピヨ彦の尻の形の枕を作る」
「よくわかんないし悪趣味すぎる」
「絶対売れると思うんだ、てかオレが欲しいんだ」
「一回寝てみなよ、絶対そんないいもんじゃないから」
試させてくれるのかよ、とジャガーは思った。

酔っぱらいの戯言 ジャガピヨ
「布団敷いたよ」
こたつに頭まで埋まっているジャガーに声をかける。もう一度呼ぶと、ううと鳴いた。こたつ布団の端っこをめくりあげると、今度は「ピヨ彦」と鳴いた。
「結婚して」
「はいはい、わかりました」
引きずり出そうと腕を掴むと、逆に引き込まれる。左手の指に生暖かくなった金属がぬるりとはめられた。

 

10月29日

人恋しい冬に、ひとりぼっちだ ジャガとピヨ
冬が忍び寄っている。ズボンの裾から入った寒さが足首を掴む。公園からギィギィと規則的な音がする。子供は早く帰れよ。そう思って覗くと「ピヨ彦!」とブランコの上の男がはしゃいだ声を出す。駆け寄って、手のひらを向けてくる。
「変な匂いになった、フフ」
冷気でツンとした鼻が上書きされていった。

ラブソングを歌うよ ジャガピヨ
「CMの撮影してきた」
「また青汁?」
「なんか、軟骨のサプリ。笛の演奏シーンもあるぞ」
「関係ある?軟骨」
「あるある。そんで、今回はピヨ彦への愛を曲にしたんだ。タイトルは『ラブ・セレナーデ』」
「ださ」
結局次の月に本当に放送された。曲はなんかフガフガ言ってて全然よくわからなかった。

 

10月30日

君のいない春に眠る ジャガとピヨ
桜が咲くくらいに帰ります、とポストカードに汚い字で書いてあったのでむかついた。ロマンチックなことを言わずにすぐ帰ってきたらいいのだ。指を1本ずつ立てて数える。11、12、1、2、3。開いた手の生命線を見る。死ぬまでにあと何回会える。
鍵が開いて男が言った。
「小春日和は秋だし、桜は秋にも咲く」

君を季節に例えるなら ジャガピヨ
今日の気温で上着がいるかどうか迷っていると、後ろからジャガーが「着とけよ」と言った。
「暑かったら脱げばいいんだから」
「ジャガーさんはいつもその服だけど平気なの」
「平気、夏生まれだから」
「関係ある?」
「あるよ、おいで」
ピヨ彦の手を掴んで、服の中の腹を触らせる。驚くほど熱かった。

 

10月31日

甘やかしてよ ジャガとピヨ
もうだめだ。僕は何をやってもダメなんだ。畳に左頬を擦り付けて、ため息をつく。ダメだ。もう。
「いいかピヨ彦、今もな、地球の裏側では恵まれない子供たちが」
「そういう比較みたいなのやめてよ、僕は僕で辛いんだから」
「みんなお前みたいにはなりたくないって言ってるぞ」
「あーもう最悪だよ」

正義の味方 ジャガピヨ
「こういうのって、怖い仮装じゃなくてもいいのか」
ハロウィンで仮装した人たちをテレビで眺めている。
「そうだねえ、なんでもいいんじゃない。アメコミヒーローとかもよく見るし」
「正義側でもいいんだ」
その夜ふえ科のパーティーに現れたのは赤い服、黄色のベルト、茶色いマント。最も有名なパンの男。