2022年11月21日~30日

 

11月21日

酷い男 ジャガとピヨ
「で、サヤカちゃんとは?」
マレーシアから帰ってきて、ピヨひこ堂に来たオレは前と同じようにくだらないことをピヨ彦と言い合っていた。ふと気になっていたことを聞くと、表情が固まる。
「うん、いや、まあ」
「進展は?」
「ない」
「なーんだよお前、結構酷いことしてんなあ」
口の端を引き攣らせたピヨ彦が「どっちが、」と言った。

幸せかどうかはともかくも、 ジャガピヨ
本当に食事に慣れない。とにかく量が多いし、ちょっと脂っこい。特にベジマイトはチョコだと思って食べたら後悔した。日差しも強い。日焼け止めを1日塗り忘れただけで大変なことになった。英語も喋れないし。
でも日陰の下からカンガルーを追いかけて走っているジャガーさんを見るのは気分がよかった。

 

11月22日

しんでるにんげんなんか、こわくないさ ジャガとピヨ
「今日は来てくれてありがとう。盛大な式とかじゃないけれど、みんなに証人になってもらいたくて呼んだ」
ガリ寮に集まったふえ科の前で、珍しくスーツに身を包んだジャガーさんが言う。同じスーツの僕の隣で卒塔婆が揺れる。
「じゃあいきます。セイッ!」
卒塔婆を振り回すと間池留さんが現れた。まあ、そんなことで驚くふえ科ではない。

いやお前が言うな。 ジャガピヨ
「ウチの親父。一番神父っぽいから帰ってきてもらった」
「間池留と申しマス〜ワタシ時間経つと薄くなっちゃうノデ早速失礼シマス」
間池留さんが、分厚い本を開く。
「エ〜ジュン市サン、ピヨ彦サン、汝健やかなるトキモ、病めるトキモ…」
さら、と言う音と共に間池留さんが薄くなっていく。
「死がふたりを別つマデ…」
さすがにふえ科の面々も俯いた。肩が震えている。

 

11月23日

目を奪われる ジャガピヨ
教室でマンガを読むピヨ彦の隣、オレはピヨ彦の横の座面に足を置き、机に座り込んでぼーっとしている。ぼーっとしているというか、ピヨ彦のつむじを見ている。直りきっていない寝癖に視線を滑らせていると、首の付け根、シャツでギリギリ隠れないところに赤い跡が付いている。思い当たる節しかない。オレはマフラーの結び目を解いた。

「新手の誘い文句ですか?」 ジャガとピヨ
「巻いてろ、これ」
「殺されるのかと思った」
突然布を首に巻かれてびっくりした。伸縮性のあるジャガーさんのマフラーがぐるぐると僕の首から口元までを覆っている。
「ていうかなんでマフラー?取りたい…」
「嫌か?」
「嫌っていうか、なんか、ジャガーさんの匂いがして変な気持ちになる…」

 

11月24日

君と別れるなら、夏がいい ジャガとピヨ
やはりこいつを自由にしてやるなら夏だ。腹を出して寝ているピヨ彦を見る。春は慌ただしいし秋は物悲しいし冬は人恋しい。ピヨ彦の腹に布団をかけてやる。せめて明るい気持ちでいられるように、こいつが好きな季節に支えられるように。ピヨ彦が布団を蹴飛ばす。布団をまたかける。また蹴飛ばす。大丈夫だろうか。オレはちゃんと離れられるだろうか。

味見と毒見と、 ジャガピヨ
雑貨の名目で届いたダンボールをジャガーさんがビリビリと開ける。
「何買ったの」
「味付きローション」
「ああそう…」
ボトルを蛍光灯に透かして眺めた後、キャップを外して手のひらにローションを出す。躊躇いもなくジャガーさんがそれを舐めた。
「ホットケーキ焼いてくれ」
「美味しかったんだ」

 

11月25日

愛を囁け、恋を論ぜよ。 ジャガとピヨ
壁にもたれて読み終わった漫画の余韻に浸っていると、隣にジャガーさんが来た。殺風景な部屋が無駄に思えるほど近い。なんだろうと横目で見ていると、ジャガーさんが僕の手を取る。右手の甲にジャガーさんの左手が重なって、指を握り込む。小指をすりすりと親指が撫でて、くすぐったかった。たったそれだけで目が離せなくなった。

寂しい、と呟いて ジャガピヨ
目が覚める。仰向けに寝ていたオレの脇腹にピヨ彦がへばりついている。珍しい。逆はよくあるがピヨ彦から布団にやってくるのは初めてだ。眺めているともぞもぞして、おはよ、なんて言って普通に歯磨きをしようとするので呼び止める。
「昨日なんかあった?」
「ん?別に」
「別にじゃないだろ」
「今もう平気だもん」

 

11月26日

お前ごときに、救えるものか。 ジャガとピヨ
新進気鋭の笛作家。父親の代から笛職人。業界を牽引する酒留さんにインタビューのアポが取れた。
「いや、笛は全然好きじゃないです。本当に、お金のためにやっているだけで」
『喜んでくれる人がいるから、とかではなく…?』
「喜んでくれる人は、まあいますけど、今どこにいるかわかんないし、でも、」

道連れ最果て ジャガピヨ
とっぷりと日が暮れていて、見たことのない景色が広がっている。理解が追いつかない頭に「終点です」という案内が降りかかって、僕の頭は冴えた。乗り過ごしたのだ。隣でよだれを垂らしているジャガーさんを揺さぶって車外に出る。路線図を見ると最寄り駅が地図の端っこにあって、ジャガーさんが「南極より遠い気がするなあ」と僕の手を握りながら言った。

 

11月27日

愛される覚悟をしておいて ジャガとピヨ
近所のスーパーのチラシを指で辿る。刺身。今日は刺身が安いのだ。ご飯さえ炊いてしまえば。隣で珍妙な動きをしているジャガーさんに話しかける。
「今日まぐろ丼だって言ったらさあ、どうする?」
「え?」
ジャガーさんが動きを止める。
「…キスの雨だ」
「…誰に」
「お前だよ」
とりあえず野菜炒めにしておこうと思った。

隣に違和感、視界に不具合 ジャガピヨ
「恋をすると瞳孔が開いて世界がキラキラして見えるんだと」
「うん」
「オレはコレを聞いてなるほどなと思った」
「ジャガーさんはそもそも目が開いてんのかわかんないよ」
「先週くらいからピヨ彦が輝いて見えるんだ」
「蛍光灯変えたからそれだよ」
目を逸らし続けるピヨ彦を壁に追い詰める。顔が赤いのをオレは見逃さなかった。

 

11月28日

こっちの台詞です ジャガとピヨ
風呂から出て髪が乾いて、ちょっと体温が下がって眠くなってきた。振り返るとすでに布団に入っているジャガーさんが、横に腕を投げ出して「うい」と言った。ぺたぺたと這い寄って、温かい布団に入り込む。
「なんかさあ、最近ジャガーさんて甘えたがりだよねえ」
「自分の布団も敷かずに期待してるやつに言われたくないな」

いずれまた、どこかで ジャガピヨ
「残念だな」と言うとピヨ彦が、「いいよ、またどこかで見つけたらやるから」と返した。お目当てのガチャガチャの硬貨入れに売り切れの札がかかっていて、ピヨ彦の手の中で300円が所在なく擦れている。どうにもたまらなくなって次の日オレは旅に出て、腹を膨らませて帰った。
「ピヨ彦、オレの腹に手入れてごらん」

 

11月29日

これ以上甘やかして、どうするの ジャガとピヨ
「ピヨ彦、これやる」
教室に遅れてやってきたジャガーさんがミルクティーを僕に投げてよこした。ちょうど甘いものが欲しいと思っていた。
「どうしたの?優しいけど、なんか企んでるの」
「うん」
「……」
「いやそんな、見返りくらい期待してもいいだろう」
「何が目的なの」
「お前こんな昼間から言えねえよ」

負けてたまるか ジャガピヨ
ジャガーさんがポンポンと羽根をラケットで器用に跳ばす。100均で買ったちゃちいバトミントンを手に僕たちは河原に来ていた。
「やっぱり罰ゲームとかないと盛り上がらないよな」
「ご飯奢るとか」
「いや、食い物の恨みって恐ろしいからな…
あ、そうだ。内腿に正の字書こうぜ、ミスした分」
負けられない戦いが始まった。

 

11月30日

御冗談もほどほどに ジャガとピヨ
ホワイトボードにいろいろ書いていると、ピヨ彦が近づいてきた。
「なに、それ」
「鼻も首も長い生き物、ゾリン」
「それよりも眉毛が太すぎるのが気になるよ」
ピヨ彦にペンを渡す。
「ジャガーさん大好きって書いてくれ」
「え〜?」
キュ、と音を立ててピヨ彦が素直にペンを滑らせる。ごめんな、油性なんだ、それ。

雨も、悪くない ジャガピヨ
連日の雨で洗濯物が干せない。押し入れを探りながら、ジャガーさんが服のストックが無くなったと言っている。昨日意味もなくビリビリに服を破くからだ。しょうがないので乾燥機付きのコインランドリーに行こう、混んでるけど。ジャガーさんがオレも行きたいと言うので、一旦僕の服を着せる。ぴちぴちで笑ってしまった。