2023年1月11日~20日

 

1月11日

はい、あーん? ジャガとピヨ
天国と地獄では三尺三寸ある長い箸を使って飯を食べる。地獄では食べ物が口に入らず飢えて、天国では向かいの者へ互いに食べさせるため腹が減らない。でもオレはどちらにせよ腹を空かしているだろう。天国だろうが地獄だろうが、ピヨ彦が来るまでずっと待っている。食べさせてやる。食べさせてくれよ。

終わりのない夜 ジャガピヨ
布団、入っていいか。ジャガーさんがそう言った。寒いからなんて理由で入ってきた今までとは訳が違う。なぜなら僕たちは思い合っていることがわかったのだ。あ。布団にひやりとした空気が入る。あ。少し冷えた身体が遅れて滑り込む。指が頬に触れる。熱い。もう今晩はこれ以上は進めない。ただ眠れない。

 

1月12日

命果てるまで ジャガとピヨ
病室の柔らかく無機質な壁と窓、ジャガーさんの顔が逆光で暗い。名前を呼ばれ、手を握られる。ジャガーさんが泣いている。ああ、この人、僕のために泣くんだ。いや、盲腸なんだけどなあ。頭をガシガシと撫でられる。生きててよかった。ずっと一緒にいるからな。ねえ、ジャガーさん、だから盲腸なんだってば。

世界が狂う ジャガピヨ
ピヨ彦に飴を舐めさせる。みどりやで買った『素直になる飴』だ。なんでも売ってるなあ、あそこは。ピヨ彦、どうだ?オレのこと好きか?
「ん?好きだよ?」
いつもと変わんないなあ、もっとグイグイ来るかと思った。調子狂うな。パチモンなのかな。試しにオレもひとつ。えっ、可愛いな。好き!!ピヨ彦!!好き!!

 

1月13日

時々、面倒くさいけど。 ジャガとピヨ
「は、肺炎」
「ん、だね」
「肺炎連鎖球菌」
ピヨ彦が何回もしりとりを仕掛けてくるので参っている。それだけしかオレに勝てないからって、正直めんどくさい。もういい。ケタケタ笑いやがって。かわいいなこいつ。
「ジャガーさんの負け〜」
「け、結婚しよ」
「えぇ!?、よ、よろしくお願いします…」

ね、可愛いでしょう? ジャガピヨ
パシャラという微かな音で目が覚める。
「なに、撮ったの」
「だらしない顔がしっかり映った」
枕元に座ったジャガーさんが小さな画面を見せてきた。眉を顰めるだけで文句を言わない僕のことが物足りないようだった。別にいい、写真なんか。画面の横の十字ボタンを押したら僕が撮った同じようなものも出てくるのだ。

 

1月14日

嘘吐き、どの子? ジャガとピヨ
首の後ろで結んだマフラーを二重三重に首に巻き付ける。
「寒い」
「なんで上着着て来なかったの?」
「手ぇ寒い手ぇ繋ぎたい」
ピヨ彦がええと言いながら周りを見渡す。歩いている人もいない。しょうがないなあと言うピヨ彦の顔。オレはこれがなんとも好きなのだ。
「ジャガーさん、手、あつ」
「フフ」

終わりのない夜 ジャガピヨ
「ピヨ彦、これ飲め」
「何、これ」
「ビタミンD」
ボトルからタブレットが転がり落ちて、目の前に差し出された。
「今の時期は昼がねえんだよ、フィンランド」
「聞いてないんだけど」
ふわふわした普段の雑談の中で、え〜見てみたいな〜オーロラ、そんな軽い気持ちで言った言葉がこんなことになるなんて。
「もう日本帰りたい」
「だめ」

 

1月15日

いくらでもくれてやる ジャガとピヨ
「なんでオレに吹かせてくれないんだ」
「『吹かせてくださいお願いします』って言われてないから」
「吹かせてくださいお願いします」
珍笛界のホープがそっぽを向く。言ってもダメなんじゃねえか。何なんだ。
ピヨ彦が珍笛を作っているのは知っている。だって雑誌の特集になっていたし、ピヨひこ堂の看板商品にだってなっている。帰国したオレがどれどれと口を付けようとしたら「商品なのでやめてください」とめちゃくちゃに強い力で顔を押さえられたのだ。買うと言ったら頭突きされた。ヤギ?
「じゃあどうしたら吹かしてくれる?」
「………………」
ピヨ彦を壁に追い込む。顔の横に肘をついて逃げられなくしてやる。頭突きを避ける心構えだけしておく。すっごい睨んでくる。全然怖くないけど。
「……全部僕にちょうだいよ」
「え?」
服の脇腹を掴まれている。
「僕のこと一番にするって約束して。僕じゃなくて、僕の笛がジャガーさんの一番になっちゃったら、ジャガーさんが帰ってこなくなりそうで嫌だ。僕の笛ってすごいいいらしいから。よく知らないけど」
「味見しないで料理出してんのかお前」
話を逸らすなと言いたげにピヨ彦の目が細くなる。本当に怖くないなあこいつ。
「とっくにもう全部お前のもんだよ」

道連れ最果て ジャガピヨ
浅瀬をぱしゃぱしゃと歩くピヨ彦に後ろからついていく。海が見えるところに住んでみたいと言うので下見に来た。熱海。鎌倉は引っ越す時に家が売れなさそうだという理由で却下された。ジャガーさん、と呼ばれたので顔を上げると、ピヨ彦がニヤニヤしながら何かを投げてきた。変な形の彫刻。穴が開いている。口を付けて吹くとピーと鳴った。

 

1月16日

君たちの幸せは、悲しいね。 ジャガピヨ
赤い髪、白い服。ジャガーさんはどこにいたって目立つ。手荷物検査のゲートの向こうで小さくなっていく。普段飲まないコーヒーを買って、展望デッキの木の床をコツコツと鳴らす。あれだ。離陸していく。僕からジャガーさんは見えるけど、ジャガーさんから僕はきっと見えていない。大丈夫だよ、ちゃんと見てるからね。

オオカミさんの味見 ジャガとピヨ
窓を叩く音。マレーシアで有名な人が、台所の窓から帽子とマスク姿で顔を出して情けない声で僕を呼んでいる。もだもだとアピールしてくる。窓を開けてやる。
「鍵間違えて宅配便で送った中に入れちゃった。玄関開けて」
「本当にジャガーさんかな〜怪しいな〜」
マスクを下げてキスをしてくる。しょうがないなあ、僕にお土産はあるんでしょうねえ。

 

1月17日

御冗談もほどほどに ジャガとピヨ
「もしオレがさあ、宇宙人だったらピヨ彦どうする?」
「え?」
何言ってんの、とか、どうもしないよ、とか、そういう言葉を待っているとピヨ彦が口を開いた。
「NASA、」
「ああ、通報とかしてみる?オレのこと」
「NASAを潰す」
「なんで?」
「ジャガーさんが捕まったら困るから」
「お前が捕まるよ」

いっそ泣いてくれたほうがましだった ジャガピヨ
「いっ……!!」
「ここ痛い?お腹弱いのかな、オレのせいか?」
ピヨ彦の足裏をグリグリと押す。悶え苦しんで逃げようとするピヨ彦だが、オレから逃げられるわけがない。可哀想だ。痛いと言うところをさらに押し込む。泣くのを我慢する代わりに声が出てしまうらしい。泣けばいいのに。ムラムラするなあ。

 

1月18日

ごめんね、諦めて。 ジャガとピヨ
「サヤカちゃんっていつもいつぐらいに来てる?」
「大体火曜金曜あたりが多いかな…大学終わりの夕方くらい。なんか用事でもあんのかい?」
「いや、ピヨ彦が…」
ハメ次郎がニヤッと笑う。ま、応援してやるのも悪くないよなあ!と伸びをしながら言った。
火曜、金曜ね、はいはい。絶対に行かせない。

うつくしい古傷 ジャガピヨ
読めない文字が書いてある小袋を開ける。クッキーだ。ココナッツのような、甘ったるい匂いが鼻に抜ける。
「僕と十年一緒にいたの、後悔してないの」
「どうした?」
ジャガーさんの持つクッキーの袋がなかなか開かない。
「世界中飛び回って、本当は前からそうしたかったんじゃないの」
「その時やりたいことをやってるだけ」
やっと開いた。
「後悔なんか、してるわけないさ」

 

1月19日

「癒しが欲しい」「俺とかどう?」 ジャガとピヨ
悪天候はむしろ、好都合 ジャガピヨ
雨の日は少し身体が重い。ほんのりとした倦怠感は別に嫌いではない。今日は寒気が流れこんでいて、雨にみぞれや雪が混じるところがあるとテレビが言っている。どおりで寒いわけだ。こんな日は適当にぼんやり過ごすに限る。買い置きのパンだとかラーメンだとかを食べて、ぐだりと過ごす。
とりあえず顔を洗ってもう一度布団に潜り込んだ僕を横に、ジャガーさんがTシャツを切り裂いている。僕のTシャツだ。少し前に台無し加工をされた。「最近着てないからいいかと思った」だって。こんな季節に半袖を着る人なんていないのに。部屋をうろうろとしたジャガーさんが、玄関に座り込む。次第にシャッシャッという音が聞こえてくる。この音も嫌いではない。
布団から這い出て、ジャガーさんの肩に顎を乗せる。手に収まるくらいの小さなブラシが、ジャガーさんの革靴を駆けてゆく。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ジャガーさんは革靴を三足持っている。僕には違いがさっぱりわからない。だけれども、自由奔放なこの人のこだわりが研ぎ澄まされていくのを見ていると心が穏やかになる気がする。
「重いぞ」
「うん」
さっき切り裂いたTシャツを指に巻き付ける。変な匂いのする液体をそれに染み込ませて、靴に滑らせていく。革の輝きが鈍くなる。細かい雨が降る日の道路の向こうの景色のようにぼやけて見えて、なんとなく目を細めてしまう。
「眠いか」
僕を横目で見ていたらしい。よくわからないけれど。
「ううん」
全ての革から等しく輝きを無くした後、四角いガラス瓶に手がかかる。長い指が黒いクリームをゆっくりとすくって、革に塗り伸ばしていく。指の通った後がぴかぴかとしていく。長い指。昨日僕を触った。
「ピヨ彦はオレの指好きだよなあ」
まあ、嫌いではない。

 

1月20日

一時休戦 ジャガとピヨ
「ちょっと休憩した方がいいYO」
「そういうのいいから早く次」
「ハマー早くしろ」
ツイスターゲームのマットの上で組んず解れつしている汗だくの2人を見ながらスピナーに手をかける。ジャガー殿の身体が180度捻れている以外はなんとなくいやらしい体勢に見えるのだが、2人とも負けるつもりは無いらしい。
「…ジャガー殿、右手を赤」
「あああああ!!!」

どっちが、 ジャガピヨ
前を歩くジャガーさんの背中に糸くずが付いている。取ってあげようと背中を引っ掻く。なかなか取れない、あ、取れた。その瞬間、ジャガーさんが僕の手を掴んだ。そのままのしのしと振り返りもせずに歩いていく。
「ちょっ、と待って」
「なんだよ」
「手、なんで」
「繋ぎたいんじゃないのかよ」
「いや僕、糸くずついてたの取ろうとしただけで、」
「…変なことすんなよ」