4月1日
酷い男 ジャガとピヨ
第三者いわく、 ジャガピヨ
桜も散り始め、春本番という感じの気温になってきた。別れの季節、出会いの季節、恋の季節。まあ私やふえ科には関係のないことだ。新入生とか入ってくるわけでもなし。でもそろそろ渓流に行くのもいい季節だから新しいルアーを削る。いつも通りの教室だった。
「おいーす」
ガラガラと扉が音を立ててジャガーくんが来た。オハヨーとかおはようございますとか声が飛び交う。
「あれ、ピヨ彦くんは? 今日バイト?」
「いや、なんかコンビニ行くとかで……もうすぐ来るかな」
ジャガーくんが教卓に登る。コンビニ、一緒に行かなかったんだ。2人が揃わず来る方が珍しいので少し気になる。ルアーに目を落とすと、すぐに噂の人は来た。少ししゃがれた声で。
「おはよ……」
ピヨ彦くんがマスクをしている。
「おはよ、どうしたの、風邪?」
「あ、あぁ、うん。暖かくなったからなんかちょっと油断して、こたつで寝たら喉痛くなっちゃって」
まだこたつ出してるんだ。確かにまだ夜は冷えるし、私も気をつけないと。
「え? 先週からこたつしまってるYOね」
私の2列前に座っているフナムシが言った。少し時間が止まったような心地がした。
「……昨日の夜、また出したの。寒かったから」
「……ん? あれ? てか昨日ピヨちゃん家にいなかったよね?」
「…………いたよ」
「え〜いなかったよ。ジャガー殿もいなかった、っていうか拙者昨日見たもん。真っ暗だったYO」
「………………」
「あれ? ピヨちゃん昨日と服一緒じゃない? もしかしてお泊ま」
パン、と手を叩く音がしてみんな教室の前を向く。
「はい、無駄話おしまい。今日の授業は外でやろう。天気がいいから河原にでも行こうぜ」
ちょっと気まずい空気の中、はーいと返事をして各々の荷物を手に取る。
「今日は河原で何するんですか、先生?」
「うん、川のせせらぎとか、小さな花のせせらぎとか、小鳥のせせらぎとか聞いてインスピレーションを得るのと、あとハマーを川に埋める」
「土に埋めるでも川に流すでもなく!?」
4月2日
君たちの幸せは、悲しいね。 ジャガピヨ
正義の味方 ジャガとピヨ
4月3日
幼馴染、やめたいんだけど ジャガとピヨ
世界の終わりは、幸せで ジャガピヨ
4月4日
恋心散弾銃 ジャガとピヨ
恋人だった ジャガとピヨ
4月5日
覚えてもいないくせに ジャガとピヨ
命果てるまで ジャガピヨ
4月6日
お前ごときに、救えるものか。 ジャガとピヨ
負けてたまるか ジャガピヨ
スーパーでお釣りを29円貰って手の中がじゃらじゃらしている。サッカー台にカゴを置くと、ジャガーさんが後ろからうろうろついてくる。買い物中にカゴを持つわけでもないし袋詰めを手伝ってくれるわけでもない。ただお菓子をカゴに入れることを生業としていた。今はガラス張りの窓から道路を眺めることにしたらしい。
さて、僕はあんまり財布の中が小銭でじゃらつくのが好きではない。次の会計でぴったり払えるのには快感を覚えるけれど、今日はそんな気分じゃなかった。じゃあキャッシュレスにしたらいいのではと思うがそれはこの寂れたスーパーが対応するならという話だ。サッカー台の上のラブラドールと目が合う。クリーム色の毛並み、黒い目、黒い鼻、白いハーネス。お利口さんですこと。なんとなく台座の緑色に小銭を流し込む。
「なに、それ」
「募金」
「犬に?」
袋の中で横にした牛乳のそばに切り身にされたサバを入れながら、うんと返事をする。
「目が見えないとか、身体が不自由な人を助ける犬だよ。偉いんだよ」
「ふーん、29円で足りるのか?」
嫌な質問だなと思ったし、嫌な質問だなと思ってしまう僕は嫌な人間だなと思った。
「……こういうのは、善意だから」
ジャガーさんが買ったお菓子を袋に入れ終わると、視界の端でジャガーさんが手を懐に入れているのが見えた。一万円も見えた。一万円?
「ちょっと、ちょっと待って」
ジャガーさんの腕を掴むと、ム、と言った。ム、じゃないよ。
「え、それ全部入れるの?」
「ああ」
「なんで?」
「いい犬なんだろ」
「そうだけど」
「少なくともオレ達よりは社会の役に立ってる」
「それ言われたらなんにも言い返せないんだよ! それに犬だって生活費削らないでって思ってるよ」
「ピヨ彦犬の気持ちわかるのか?」
「わかるよ、ホラ。ご飯しっかり食べてワン、みんな社会の役に立ってるワン、みんな偉いワンって」
そうだなあ、とジャガーさんが言う。さっき懐にしまった一万円をもう一度取り出して、僕の着ているパーカーを捲る。僕の腰とパンツの間に一万円を捩じ込んだ。
「ピヨ彦、お前いっつも頑張ってるよ。レジのおばちゃんの視線が痛いから出ようぜ」
逃げるようにスーパーを出ると、異様に強い春の風が吹く。捩じ込まれた一万円が飛ばされないように、とりあえず袋の中、サバの横に差し込んだ。ジャガーさんがマフラーをはためかせながら、ピヨ彦、と呼ぶ。
「なに」
「さっきの犬のマネ、もっかいやって」
やらねーよ。
4月7日
はじめまして、を繰り返す ジャガとピヨ
駄目にならない程度でお願いします。 ジャガピヨ
4月8日
彼氏気取りかよ ジャガとピヨ
逃げるなよ、追いかけたくなるだろ ジャガピヨ
4月9日
たった一つのエンディング ジャガとピヨ
鎖骨に咲いた赤 ジャガピヨ
4月10日
来世は他人がいい ジャガとピヨ
それが恋とも知らないで ジャガピヨ