beginner【R-18】

メンズファッション誌の最後の方、エロに全振りした企画ページを寝そべりながら眺める。股間をまさぐってはみるが、少しだけむずむずとするだけだった。おかしい。身体か脳かはわからないが、何かがおかしい。先月号まではこれで十分だったのに。今月号の企画が好みじゃないとかの話ではなく、何かが数日前から変わってしまっていた。
股間をまさぐるのとは逆の手で、ピヨ彦は額のあたりに手を当てた。目を閉じると、思い浮かんではいけない人の姿がまぶたに映る。赤い髪、変な服。それをかき消すように大きく息を吸う。ほんの少し甘い畳の匂いを肺に入れて吐き出しながら、ピヨ彦は小さく「ちくしょう」と呟いた。

何かが「変わってしまった」数日前、ピヨ彦はバイトから帰って来て、適当な昼飯を食べて横になった。ジャガーはどこかに出かけており、何時に帰るだとかの書置きもなかったので好きに過ごすことにしたのだった。ジャガーが帰ってくれば、食べたいものを話しつつ買い出しに出かけてもいいし、帰ってこなければガリプロの食堂なんかで済ませてもいい。気が楽になって、意識が遠のく。ゆるりとした午睡に身を任せる。
ざり、と、畳と布の擦れる音がして、ピヨ彦は目を覚ました。しかし、なんだかいつもと違う雰囲気に、もう一度目を閉じる。さっきの細い視界に、ジャガーの特徴的な服とマフラーの端っこが映った気がする。じっと耳を澄ますと、ジャガーの声色を纏った呼吸の音と、その向こうで小さく、ぬちぬちとなにか粘着質な液体が擦られているような音がした。
いやめちゃくちゃオナニーをしている。
僕が寝ているのを見計らって、その隙にいろいろ済ませようとしているのだ、とピヨ彦は思った。よく考えたら同年代の男なのだから、今までそういったそぶりも見せなかった方がおかしい。ジャガーも同じ人間であるということにちょっぴり安心感を覚えると、今度は逆にジャガーがどんなものを見てやっているのかが気になってきた。薄く目を開ける。
ジャガーの右手が、ピヨ彦の左肩のすぐそばにある。思ったよりも、近い。こんなに同居人のすぐそばでことに及ぶなんて、意味がわからない。薄暗い狭い視野の中で目線をぐっと下げる。
ジャガーは、寝転ぶピヨ彦の横に座って、ほぼ覆いかぶさるようにして陰茎を扱いていた。
ピヨ彦の脳が、数秒間考えることを放棄した。偶然かもしれないし。いや、偶然なわけあるか。特に意味をなさない脳内の会議だけが進む。そんなこと言ったって、オカズにされるなんてことあるわけない。なんで? ジャガーの真剣な横顔の真下には、服の裾から出た腹と臍がある。いやいや、やっぱりそんなわけないって。じゃあちょっと試してみましょうか。なんて、脳がぐるぐると喋り続ける。そうだ、僕が何かアクションを起こして、ジャガーさんが反応すれば、僕はオカズにされている。そうじゃないなら、そうじゃないってこと。よくわかんないけど、偶然僕のそばでオナニーしてるだけってこと。起き抜けの脳でそう結論付けて、ピヨ彦は身体を捩らせた。
「ん……」
「……あっ」
ピヨ彦がジャガーのいる方と逆の右側に寝返ると、ジャガーが小さく残念そうな声を漏らした。摩擦音も止まった。えっちょっと待ってくれよ、とピヨ彦は思った。やはり「僕で」している。どういうことだろうか。僕のことが好きなんだろうか? そうでないとしても、僕を見てムラムラしたということだろうか? 寸止めみたいになっちゃってるのもなんかかわいそうに思えてきてしまった。
ピヨ彦はもぞもぞと、自然に見えるように左手を服の中に入れて、お腹のあたりを掻いた。さらに捲れ上がった服を見て、後ろでジャガーが唾をのむ音が聞こえた。ジャガーの手を止めさせてしまっていることへの申し訳なさというか、悪戯心に近いものが湧いてきて、ピヨ彦はまたジャガーの方へ、仰向けになるように転がった。
が、それがよくなかった。
腹を掻いていた左腕が重力に負けて、畳まれたままジャガーのそばへ落ちる。ピヨ彦の左手の端に、乳首が当たる。あれ、やばい、これ、見えちゃってんじゃないの、とピヨ彦は思った。
「やば……」
ジャガーが小さく言った。見えてる。はあ、と大きくジャガーが吐いた息がピヨ彦の脇腹を撫でる。覗き込まれている。陰茎を扱く音がまた聞こえだした。別に上裸なんて何回も見せたことあるのに、異様な恥ずかしさが頬を熱くしていく。熱を吐き出そうとしても、寝ていると思われる程度の呼吸しかできない。乳首にじろじろとジャガーの視線が刺さる。手に当たる乳首がだんだんと硬く、尖っていくのをどうしようもできずにじっとしていると、呼吸の音もぬちぬち鳴る音もどちらも早くなっていく。
「———っ、あっ……イッ…………」
ジャガーが身体を仰け反らせる。白濁を右手に吐き出して、何回か大きく呼吸をした。ピヨ彦は動けずに、そのまま寝たふりを続けている。ジャガーはティッシュを手繰り寄せて手を拭いて、ゴミ箱に放り投げた。ズボンの前を閉めながら、台所へ向かってシンクで手を洗った。腹巻のあたりで乱暴に手を拭って、またピヨ彦に近づいてくる。何をされるんだろう、とピヨ彦は思ったが、ジャガーは服に入った手首をそっと掴んで床に寝かせて、捲れ上がった服をつまんで下に降ろした。その後、押し入れを開けて一番上にしまってあるバスタオルを掴んで、広げて、ピヨ彦の腹にかけた。窓際に足を進める。ずっとウロウロしてんなこの人、とピヨ彦は思った。ジャガーがガラガラと窓を開ける。今しかない、と思って目を開ける。
「……あれ、ジャガーさん、帰ってたの」
「おー、ただいま」
さっきまでのことを知らなければ、いつも通りのジャガーだった。別に何もありませんでしたよという顔が、妙に悔しい。バスタオルをいじりながら、さらに話しかけてみる。
「今帰ってきたの?」
「そうだよ、ガリプロ行ったけどハマーしかいなくてさー、つまんなくってさー、散歩して帰ってきて、……あっ、あの、ピヨ彦さあ、あんま腹出して寝るなよ、寒いかな~と思ってさっき掛けた、それ」
「なんで窓開けてんの?」
「ん? ああ、あの、あれ……初夏の、初夏の風が、好きだから」
換気したいだけだろうが、と思ったが、ピヨ彦は何も言わなかった。

よく考えたら、昼寝から起きたらジャガーが窓を開けている、という状況はあの一回きりではなかった。何回かあった。多分そのたびにオカズにされていた。目の前で開いている雑誌の中の、際どい水着で足を開いている女の子のように。
目を閉じて股間を触る。何より悔しいのは、その時のジャガーのことを思い出すと自分が興奮してしまうことだった。雑誌の女の子をみても対して反応を返さない陰茎が、あの時のジャガーの視線や息遣いを思い出すだけで首をもたげている。あの温い息が、もっと近づいてきて、もし舐められるなんてしたらどうなるだろう。腕の位置を戻したあの長い指が、もう一度服に入り込んで胸を撫でたら、

ガチャ、と音が鳴る。

突然のことに背骨が伸びる。振り向くと、ジャガーがのんきな顔で玄関にいる。「ただいま……」と言いかけたところで、ピヨ彦と目が合って、今なにが起きているのかを理解し、顔が真っ赤になる。
「すまん!!」
「いや、あの、ちょっと待っ……」
「三十分くらい!? 三十分後ぐらいに帰ってきたらいいか!?」
バタン、とドアが閉められて、外の鉄階段に革靴が当たる音がドカドカ響いた。その音がなぜか折り返してきて、ジャガーがもう一度勢いよくドアを開けた。
「やっぱ話聞かせてもらってもいいか!?」
「勝手すぎるよ!!!」

畳の上で、お互いなぜか正座で向き合う。
「ごめん、あの、オレ……ノックしたら良かった……」
「いや、家に帰るときにノックする人っていないよ……」
ジャガーの顔は赤いままで、足をもぞもぞとさせて落ち着かない様子だった。ピヨ彦のそれは、もう元気を無くして正座する足の間に行儀よく収まっている。
「話、聞くって……なにを……こんなん、みんなやってることだし」
ジャガーが「あー……」だとか「うー……」だとかしばらく唸って、小さな声で喋り出した。
「よかったら……あの、普通はどうやってするのか教えて欲しくって」
「……は?」
「オレ、こういうの、何が正しい方法なのか、わかんなくって」
「教えてもらう人なんて珍しいよ、人それぞれっていうか……ジャガーさんはジャガーさんのやり方で、やれば、いいじゃん」
自分がオカズにされていることを肯定してしまっていいのか、とちょっとだけ脳裏にちらついたが、放っておいた。ジャガーが恥ずかしそうに口を開く。
「いや、あの、オレ、ビギナーって感じで……」
「ビギナー!?」
「うん、オレはビギナーなの」
「ビギナーって何!?」
「ここ数か月ぐらいのことなの」
「えっ、えっ? 今までどうしてたの」
「何もしてなかった、だから、教えてほしい」
「…………」
「変なやり方して、ちんぽ取れたりしたら嫌じゃん」
「取れないよ……」
「な? 教えて? ピヨ彦はどうやってやってんの」
いつの間にかにじり寄ってきていたジャガーの顔が数センチ先にある。逃げられない。
「ええ……何、これ……どうやったら終わんの」
「どういうの見ながらしてる? こういう雑誌?」
「……そう……だけど」
ジャガーが雑誌のページを片手でパラパラと捲る。卑猥な単語や女の子の写真の前で居心地が悪い。雑誌の向こう側の畳に目を逸らしていると、耳元に近づくジャガーに気づかなかった。
「見せて、」
「えっ……」
「ピヨ彦がしてるとこ、見たい」
耳に吹き込まれる言葉に、理解が追い付かない。
「なあ、オレも見せるから、変なとこないか、見てよ」
いつの間にか、ズボンの中でピヨ彦の陰茎は頭をもたげていた。

普段は脱がない、といくら説明しても無駄で、よく見えないからという理由でズボンもパンツも取り払われた。同じようにジャガーもズボンやパンツ、腹巻を取り去って、情けない姿で対峙している。ジャガーはつま先を立てた正座で、ピヨ彦は体育座りですこしだけ足を開いている。ほんの少しだけ見下ろされているのがピヨ彦の被虐心を撫でた。竿を指の腹で包んで、ゆっくり擦る。だんだんと握る力を強めていくと、陰茎はすっかり勃ちあがった。
「ピヨ彦、本、見てないじゃん」
「うるさい……」
ピヨ彦もずっとジャガーの指先と陰茎を見つめてしまっている。自分でもなぜこんなに興奮しているのかわからない。皮を下げて亀頭を露出させると、それを見たジャガーが熱い息を吐いた。ジャガーはずっとピヨ彦の真似をするかのように陰茎を扱いている。
「……ジャガーさんは、普段、何見て、オナニーしてんの」
「…………」
上気した頬のジャガーが、うっすら笑ってピヨ彦をじっと見つめた。
「なんだよ、もう、気づいてると思ってた」
視線がぶつかって、脳が痺れる。気づいてただとか知らなかっただとか言葉にしたくなくて、ピヨ彦はただ、目線を合わせたまま服の中に手を差し込んだ。そのままゆっくりと捲り上げる。あの時と同じように、胸の頂点を露わにする。
「あ~……やば、ピヨ彦、エロ……」
ジャガーの上下する手が早くなる。恥ずかしくなって視線を下に落とすと、ぎゅっと尖った乳首と、先走りを垂らす亀頭が目に入る。いやらしい自分を見られている、そう思うと胸から頬のあたりまでぞくっと鳥肌が立った。
「ピヨ彦……なあ、ちんぽくっつけたい、ダメ?」
「えっ、だ、だめ、じゃ、ない、けど」
ジャガーがピヨ彦の脚の間に割り入って覆いかぶさる。粘膜同士が、ぴと、とくっつく。
「あっ……」
「すご……ピヨ彦の先っぽも、つるつるしてる……気持ちい……」
先走りが混ざり合って滑る。ジャガーの腰がかくかくと動いて、陰茎同士がぶるりと擦れあうのがもどかしい。ピヨ彦の身体は後ろに押し倒されて、頬が触れ合いそうな距離でじわじわと熱だけが伝わってくる。ジャガーはしばらく竿同士を擦るように腰を振っていたが、しばらくして陰茎をふたつまとめて扱き始めた。
「あっ、んあっ、あっ、あっ、……」
「気持ちい……ピヨ彦は? ピヨ彦は気持ちいいか?」
ジャガーの指がピヨ彦の亀頭を包んで擦る。身体が反って胸のあたりがジャガーと密着するのが恥ずかしい。
「んんっ、ん、あっ、気持ちい、い、ぅ、んん、あっ、」
「そっか、……かわいい……かわいいよ……ピヨ彦……」
ピヨ彦の首筋あたりに顔を埋めたジャガーが、すう、と息を吸う。捕食されるかのような痺れが背骨を伝う。
「……ピヨ彦、好きだよ、」
「えっ、……、あっ、あっ! ……あっ! やっ、だめ、もう、イクっ……」
陰茎を擦る手が強く、早くなる。注ぎ込まれた言葉に戸惑いながら、ピヨ彦はジャガーの手と自分の腹に精を吐き出した。
喉を反らして余韻に耐えていると、ジャガーの身体が離れていく。視線を戻すと、ジャガーがまだ赤い顔のまま、息を荒くしたまま、ピヨ彦を見下ろしている。ぼてっと力を無くした陰茎、白濁に濡れた腹、捲れ上がった服、蕩けた顔、順番に視線で犯され、ピヨ彦の頭はもう一度茹るようにくらくらとした。ピヨ彦の出した精液で滑りを増して、ジャガーは陰茎を擦り続けている。
ピヨ彦はなんだかさっき言われた「好き」に応えたくなって、ジャガーになにかしてやりたくなった。これからジャガーとどうなりたいのか考えた。どく、どく、と脈が大きく、早くなる。
「……ピヨ彦、お前、何して…………」
右脚をぐっと身体に近づけて、尻たぶに指を這わせる。ぐっと指先に力を入れて、誰にも見せたことない穴をジャガーに見せた。顔が煮えるように熱い。息が荒くなる。
「かけ……て、いいよ」
自分で割り開いた指先に、きゅうっと締まる感覚が伝わる。勝手にヒクヒク震えてしまうのが恥ずかしい。そこから目が離せなくなってしまっているジャガーのことを、ピヨ彦はなんだか愛おしいなと思った。
「……っは、……あぁ……っ、」
ぐちゅぐちゅと鳴る音が早くなっていく。ジャガーはピヨ彦、ピヨ彦、と何度も名前を呼んで、震える陰茎をピヨ彦の尻に押し付けた。びゅく、と熱い精液がピヨ彦の尻を濡らす。尻の谷間に伝う白濁を、ピヨ彦は畳に落ちないよう指で拭った。精液に塗れた指をぼんやりとみていると、同じくぐちょぐちょの指でジャガーが手を握ってきた。
「……キスしたい」
ピヨ彦が瞬きで返すと、ジャガーは震える唇で、子供みたいなキスをした。
「なあ、今更だけど……流れで言っちゃったけど……、オレ、ピヨ彦のこと、こういうことしたい感じで好きなんだ」
「…………遅いって……順番がぐちゃぐちゃだって……」
「でも、ピヨ彦もオレのこと好きだって、わかって、よかった」
「……言ってないよ、好きだとか」
「わかるよ。お前、オレのことめちゃくちゃ好きだよ」
ピヨ彦くんには、言わないとわかんないんでしょうねえ、なんて馬鹿にした口調で、ジャガーは手を握る力を弱めたり強くしたりして遊んでいる。
「……そうだね、全部言ってよ。僕のどんなとこが好きなのか、全部、イチから」