7月1日
しゃこしゃこしゃこという二つの音が重なっている。ひとつが止まって、横にあるカレンダーを捲った。先に磨き終わったオレは溜まった唾液と歯磨き粉を吐き出して、口をゆすいだ。ピヨ彦の手がカレンダーを捲ったまま止まっている。
「ひゃがーはん」
「ん」
「はんひょーひ、らんかいるもんある」
「え〜」
「けーきかうけろは」
「歯磨き終わってから言いな」
ピヨ彦の手が倍速で動き出す。そんなに急がなくても、オレの誕生日は逃げたりしない。
7月2日
まだ日も落ち切っていないうちから指をローション塗れにして、ピヨ彦の中をぐちゃぐちゃと暴いている。柔い内壁を指で辿る、拡げる、馴らす。
「は、ぁーーー、、あ、あ……」
苦しいんだか気持ちいいんだかわからない顔で、額に汗を浮かべて身を捩らせるピヨ彦の声が口に押し当てられた毛布に吸収されてから漏れ出てくる。
「ジャガーさん、もう、欲しい……」
欲しい、と言われたそれにゴムを被せて、後孔にひたりと押し当てる。欲しい、オレもピヨ彦が、あれ? なんか、なんだっけ、なんか欲しいもの考えてたんだけど、なんだっけ。一瞬意識の飛んだオレのことを、ただ焦らしていると思ったらしいピヨ彦が脚をジタバタさせて急かした。ごめんって、オレの全部あげるから。
侵入される感覚に耐えるように、ピヨ彦の喉が反っていく。窓から入る灰色がかった光が喉仏の波を照らしていた。そこからぎゅうと絞り出すような音がする。
苦しい? と聞くと首を振る。気持ちいい? と聞くと腕を伸ばしてくる。ピヨ彦の腕と足の中に収まって身体を揺らす。揺れに伴ってピヨ彦もふうふうと息を吐いている。チューしたい。口の毛布を取りたいと思って引っ張ってみると、ピヨ彦が噛み付いているようで取れなかった。
ピヨ彦の声は高くて通る。なんだか無性にそれが聞きたくて、強く揺さぶってみる、弱いところを擦ってやる。ピヨ彦は背中を浮かして、目の端から涙をボロボロこぼした。中がひくひくとうねる。
ああ、欲しいもの、あれだ、昨日、誕生日のあれで聞かれたんだ。もう決まった。
7月3日
梅雨の中休みといっても湿気だけは休まずにずっとここにいる。でも陽が出ているだけありがたいのかもしれない。腕に洗濯物を抱えたピヨ彦がベランダのサッシにスリッパを引っ掛けて脱いだ。
「オレの誕生日なんだけどさ」
「ん、決まった? 何する?」
オレの隣に洗濯物をどさどさと落とす。オレも起き上がって山からタオルを引っ張って畳む。
「弁当作ってくんない?」
「わぁ、いいね、どっか外で食べるの? でも暑いか」
おにぎり梅干しなら傷まないかな、とかぶつぶつ言いながらピヨ彦もシャツを畳む。ちょっと雑なのももう気にならない。
「海とか? それとも山?」
「ホテル」
ピヨ彦の手が止まる。
「ちょっといいとこでホテルステイ、的な……こと?」
「そういうとこならレストランがあるだろ、バカだなあピヨ彦は〜」
「……なんで?」
「うち壁薄いな〜って、なんか昨日思った」
上手く飲み込めていないピヨ彦の手からピヨ彦のパンツを奪い取って畳む。他のやつはオレがもうとっくに畳み終わっている。正座のピヨ彦の太腿に頰を乗せる。
「オレはそれまで禁欲する……」
卵焼きは甘いやつがいいな〜。
7月4日
頑張れ、がんばれ、がんばれ〜っ……。
「ジャガーさん、」
「はっ……」
「何を? 僕なんかやることあったっけ」
腕の中のピヨ彦が眉を寄せてこっちを見ている。目を見るとくらくらする。噛みたい。吸いたい。腕に力を込めるとピヨ彦がヴッと鳴いた。
「いや……」
「うん」
「…………オレが……」
「えっ!? 自分で自分に言ってたの!?」
「そう…………オレの、理性を、鼓舞している」
「えっ、昨日禁欲するとか言ってたやつ!? じゃあ僕の耳元で言わないでよ……、ていうか理性……? ジャガーさんって理性あるの?」
「あるよ理性」
「じゃあ僕の服に入ってるこの手は何ですか」
「ちょっとはみ出しちゃった」
押し倒してないだけマシなのに、ピヨ彦が腕から逃げ出す。ああもう、なんでだよ。喪失感がすごい。暑いのに触れたくてしょうがない。
「そもそも、僕たちそんな、頻度、その、しないじゃん」
「オレぐらいのキンヨカーになるとダメだダメだと思うとつい興奮してしまう」
「意思よわ」
7月5日
「ジャガーさ〜ん……」
「なに」
「金曜日なんだけどさ〜……」
「やめて、今オレ金曜日って聞いただけで興奮するから」
「いやちょっと、聞いて」
逆立ちしながら両耳を塞いでいる(重力どうなってんだ?)ジャガーさんの足を掴んで引き倒す。
「あの……」
「なんだよ」
「金曜日に、仕事が入りました……」
「………………」
「多分昼すぎくらいには終わると思うんだけどお弁当の件が……」
「……………………」
「………………」
腕を組んでいる。表情のうまく掴み取れない目がものすごい圧で僕を睨んでいる。
「ピヨ彦はさあ、オレと仕事とどっちが大事なんだ」
「あ〜言うと思った」
「オレ誕生日なんだぞ!?」
「わかったよ、断っとく。なんかよくわかんない仕事だし、ジャガーさんのが大事だし」
スマホのロックを解除して通話アプリを開く。耳に当てるとすぐに編集さんが電話に出た。
「あっもしもし、お世話になってます酒留です。すみません金曜日の件なんですけども、ちょっと突然のことですしお断りさせていただければと思って……、あ、あの、雑誌の寄稿のやつではなくて、対談の、はい、ふえ新聞の件です。あ、そうですそうです『シゲルさんの笛柄マフラーもっとなびけ!天までなびけ!!』の作者さんとの……」
「バカお前絶対行け絶対行け絶対行けオレのことはいいからいやでもサインもらってきてお願い」
7月6日
料理をしていると無心になれる。煩悩が消え去るような気がする。卵液を薄く引く。巻く。流し込む。巻く。完成した卵焼きを皿に移し替えて切る。ひとかけ口に放り込む。違う。
「ピヨ彦ぉーーー?」
「なに」
明日の準備をしていたピヨ彦がとことこやってくる。
「甘い卵焼きがうまくできない」
んん、と言いながらピヨ彦が調理台を眺めている。
「あれちょっとお醤油入れるんだよ」
「牛乳と砂糖だけ使った」
「プリンだ」
ピヨ彦が皿の上の卵焼きを一つつまんで口に入れる。咀嚼する口を見ていると、さっきさよならした煩悩が忘れ物をしたように駆け寄ってくるのを感じる。
「プリンだねえ」
「おれ、オレは、卵焼きを作ったの」
「ていうかなんで今作ってんの?」
そりゃあ、どうせ作るんなら最高のお弁当を作って最高の日にしたいと思うからだけど、なぜかなんとなく恥ずかしくて何も言わなかった。黙っているうちにピヨ彦がもうひとつ卵焼きをつまんだ。
「やめろよ食うな、失敗作だから」
「これはこれで美味しいよ、ジャガーさん天才だねえ」
「ピヨ彦ぉ!!」
抱きしめたオレの胸にあたるピヨ彦の肩の骨、もぐもぐ動く頬、久しぶりに嗅いだシャンプーの匂い、そういったものたちのせいで煩悩はオレの頭の中から意地でも動かなくなり、遅くまでオレを寝かそうとしなかった。
7月7日 AM9:00
くそ眠い。本当に眠い。誰かのせいで眠れなかった。いや元はと言えばオレのせいなのだ。禁欲するって言ったのもオレだし抱きついてしまったのもオレだ。パンの焼ける匂いがしている。眠い。隣で置いてけぼりにされているピヨ彦の枕を掻き抱いて顔を埋めていると、すぐそばで足音がした。
「ジャガーさん、起きる?」
「ゔゔん……」
「僕もう出るね、13時に駅前で……早く終わりそうだったら連絡するから」
「いってらっしゃ……」
「ジャガーさん、誕生日おめでとう」
唇が触れた頬が心地いい。いってきまーすと言ってピヨ彦が部屋を出て行った。
なんだかピヨ彦が普段と違う格好をしている気がしたが、あともう少しだけ寝る。
7月7日 PM13:00
卵焼きも美味しくできた。あと適当にソーセージを焼いた。おにぎりも握りまくった。お弁当箱にちょいと詰める。手提げ鞄に、傾かないように気をつけて美味しいものを詰める。その隣にやらしいものも詰めておく。ローションとかゴムとか。さあ、いざ駅前に行こう。ピヨ彦は少し早く着くらしい。日差しがやけに強く感じる。
「ジャガーさあん!」
改札からポツポツと流れ出てくる人を見ていたが、駆け寄ってきて名前を呼ばれるまでピヨ彦だと気付かなかった。
手提げ鞄が肩からずり落ちた。
ピヨ彦がわぁ〜なんて言いながら手提げ鞄を拾う。
「大丈夫? ちょっと待った?」
「待ってくれ」
「へ?」
「…………スーツ?」
少し目を見合わせた後、ピヨ彦が「そうだけど」と言った。
「あっついからさぁ、ジャケット持ってるだけで無駄だった」
「スーツ、なんで」
「対談中の写真撮るっていうから、ちゃんとしたカッコしないと」
固まってしまったオレをピヨ彦が不思議そうに見ている。どうしよう、どうしよう、可愛い。腹の奥で何かが爆発しているような気がする。腹筋が小刻みに揺れている。
「んじゃあ行きますか」
ピヨ彦が手提げ鞄を持ったまま、普段使う南口と反対の方に足を進める。北口には飲み屋街が連なっていて、そのさらに奥の方に目的地がある。慌ててついて行く。ついて行こうとするのだが、ああ、どうしたらいいんだろう。普段と違う、ぴしっとした黒いスラックスの腰のあたりの曲線から目が離せない。尻。
「ピヨ彦、待って、あの、オレの、後ろを歩いてくれ」
「……なんで?」
言われた通りにオレの後ろをついてくるピヨ彦の足音がやけに頭に響く。バカみたいに暑い。オレったら、なにもこんな季節に生まれなくても。ポケットに入れていた手が汗ばんでしょうがないので外に出す。せかせか歩いていると、右手を何かに掴まれた。ピヨ彦以外いない。いつの間にか飲み屋街を抜けていて、平日なのもあって周りには人ひとりいない。固まって動けなくなってしまったオレを見て、ピヨ彦が怪訝そうな顔をする。汗もあるとは思うけれど、白いシャツが日差しでピカピカ光っている。
「ジャガーさんどうしたの? なんかおかしくない?」
「オレは、いつだっておかしい」
「それもそうか」
何回か使ったことのあるラブホテルに到着する。知らないところに入ってめちゃくちゃぼろい部屋に通されるよりマシだと先日話し合った。部屋のパネルの前で、ピヨ彦は「好きなとこ選んでいいよ」と言った。適当に選んだ。正直もうどこでもいいからこの男を抱きたくてしょうがない。
平静を装って重い扉を開ける。靴を脱いで廊下を進む。ピヨ彦が弁当の入った鞄をローテーブルに置いて中身を出す。オレはどうしたらいいのかわからなくなってベッドに腰掛けた。備え付けの小さい冷蔵庫に弁当箱がギリギリ入ったのを眺めていた。
「ジャガーさん」
呼びかけられてようやく、自分が調子の悪そうに身体を前屈みに追っていることがわかった。起き上がるとピヨ彦が鞄の中に入っていたローションとゴムを投げてよこした。
「大丈夫? 外暑かったねえ」
「……大丈夫」
「お風呂入れてくるね」
風呂場に向かうピヨ彦の腰の細さが目に付く。今後一切のスラックスを禁止したいと思う。ヘッドボードに置いてある水のビニールを剥ぐ手が震える。やっとの思いで一口飲むと、オレはベッドの上で身体を縮こませた。
「ジャガーさん、ほんとに大丈夫? 調子悪い?」
ピヨ彦がオレに覆いかぶさっている。頭をさらさらと撫でている。ピヨ彦の腕の間で寝返りを打って仰向けになる。脇腹に腕を巻き付けて抱き寄せる。わ、と言うピヨ彦を無視して、首筋に顔を埋める。すう、と大きく息を吸うとピヨ彦が嫌がるように顔を背けた。
「ダメ、汗かいてるから」
追うようにして首筋に舌を這わせる。しょっぱい。背を撫でながら腕を下に降ろしていく。尻たぶを両側から鷲掴むと、小さく、あっ、と声を上げた。
ぐるりと身体を反転させてピヨ彦を押し倒す。ほとんど噛みつくように口を塞ぐ。ピヨ彦の太腿に起ちあがった陰茎をぐりぐりと押し付ける。ピヨ彦が肩を掴んで突っぱねてくる。
「ねえ待って、お風呂入ってから」
「無理、待てない」
「準備も何もしてないし」
「挿れなきゃいいんだろ、」
もう一度唇を合わせてこじ開ける。上顎をつ、と擦るとピヨ彦の肩がビクッと震えた。舌を吸い上げる。柔らかい内腿にいきり立ったものを擦り付けながら、ピヨ彦のカッターシャツのボタンを開ける。臍のあたりまで乱暴に開け終わると、スラックスにしまわれていたインナーを引っ張って捲り上げる。うっすらと桃色に染まった腹に口づける。興奮しているのはオレだけじゃない。
「ぁ……、ぁ、」
じゅる、と音をたてながら肋骨の波を唇で辿る。インナーをぐいと喉元まで引っ張り上げると濃い桃色の突起が現れた。その片方にしゃぶりつくとピヨ彦は「ひっ」と鳴いて背中を反らした。オレの腕のところの服を掴む指も、もう抵抗の色を見せなかった。舌の先でぐりぐりと押しつぶすようにいじると、すぐに突起は主張を始めた。もう片方にも吸い付く。先ほどまでいじっていた方を指でなぞると、唾液でぬるぬると滑った。いつの間にかピヨ彦の脚がオレの腰を挟み込んでいる。ゆらゆらと揺れる腰を押さえつけるように、陰茎をピヨ彦の会陰のあたりに押し付けて腰を振る。ピヨ彦のそれも少しだけ芯を持っていて、触れ合うたびにぶるりと質量を持って擦れあった。乳首から口を離して、耳の後ろあたりに唇を押し付ける。濃いピヨ彦の匂いがする。水気のあるその匂いはオレを限界まで高めるのに十分だった。
「ヤバい、もうイキそ……」
身体を起こしながらズボンの前を緩めて陰茎を取り出す。扱きながら、服を乱されたピヨ彦を見下ろす。てらてら光る乳首が目に毒だった。ジャガーさん、と顔を赤くしたピヨ彦が呼ぶ。何、と返事をするとピヨ彦が目を伏せる。オレの先端から零れる先走りを見ているようだった。
「は、…………」
「ピヨ彦、ピヨ彦……」
「待って、ジャガーさん」
「なに、オレもう」
「…………くちにだして」
腹に出すか、胸に出すか迷っていたオレの背筋に、ぞく、と寒気にも似た興奮が走る。
膝立ちのままにじり寄って、ピヨ彦の両肩の脇に膝をつく。先端を近づけると、ピヨ彦の口から漏れ出るふうふうとした息があたってむず痒い。ぷく、とにじみ出る先走りをピヨ彦が舐めとる。ちろちろと当たる舌の刺激に耐えられなくなって、もう一度竿を扱く。
「イく……」
「ん…………」
柔らかい薄い唇が先端を包み込む。ちゅうと吸われると、ここ数日我慢を重ねていたオレの性欲を煮詰めたものが駆け上がってくる。
「ピヨ彦……っ! ……っあ、あ、」
快感に耐えられずあっけなく達してしまう。一瞬腰を引いてしまったために、ピヨ彦の鼻や頬のあたりを濃い精液が汚してしまった。ピヨ彦が追いかけるようにして先端をもう一度咥える。びゅる、びゅる、と続けて垂れ流される精液をピヨ彦は舌で受け止めた。ぶる、と脚の筋肉が震える。全て出し切ってもピヨ彦は口を離さない。ちゅうちゅうとオレの先端を吸い続けている。腰を引くとちゅぽっと音がして口が離れた。ピヨ彦が頬を拭って、手に付いた精液を舐めとった。
「ピヨ彦、口の中見せて」
「…………んぁ」
ぱか、と開いた口の中が白濁して、濃い部分が舌に絡んでいるのが見えた。頭の奥がぐらぐらする。
「のんでいい?」
「ああ、うん、飲むとこ見せて……」
口を閉じたピヨ彦が口の中の精液を唾液と混ぜて飲み下す。動く喉仏をじっと見ていると、ピヨ彦が口の中を見せてくる。
「全部飲めたな、偉いぞ」
頭を撫でると、ピヨ彦がオレの脚をぽんぽん叩いた。
「お風呂行こ」
二人で入ると少しお湯がこぼれた。
「そういや、なんで対談?」
「ああ、なんかねえ、マンガに珍笛みたいなやつ出したいんだって。それで話聞きたいってなって、折角だから紙面に載せちゃうかって」
ふえ新聞、ほぼ中身無いもんね、と珍笛界のホープが言う。ふえ新聞の悪口を言うな。確かに最近のふえ新聞は縦笛の歴史について振り返る5回目ぐらいの連載をしている。まあでも、でかしたぞピヨ彦。洗ってやった髪をくしゃくしゃと撫でるとピヨ彦が笑った。
「そっちこそ、なんで誕生日にラブホテルなんて」
「ん…………」
「ん?」
「………………」
「…………」
「や、別に…………」
「別になわけないでしょ」
「いや、だから、うち壁薄いなって思っただけ」
「壁が薄いからなに」
「うーん」
お湯がぱしゃりと音を立てる。ピヨ彦を抱え込んで乳首を強めにつまむと、あっと声を上げた。逃げようとするピヨ彦を抑え込む。
「や、だから、こういう声が」
「や、ぁ、ちょっと待って、あっ」
「にしても最初は乳首こんなに感じなかったよな、ピヨ彦くんの向上心には目を見張るものがある」
「ばか!!」
風呂から追い出された。準備するところも見せてもらおうと思っていたのに目論見が外れた。しょうがないので身体を拭いて、バスローブを着る。腹が空いた気もする。冷蔵庫から弁当を出す。しばらくソファに座ってぼーっとする。ざあざあとシャワーの音がずっと流れていた。
ガション、と風呂場のドアが開く音がする。
「タオルが無い……」
「うん、オレがさっき取った」
「なんで?」
ベッドの上に置いておいたバスタオルを広げてピヨ彦の元へ向かう。タオルで包んで頭をわしわしと拭いてやる。
「なんでぇ……」
「髪も乾かしたい」
「そんなことしなくても、……なんか裏があるね」
「うん」
「なに?」
「お願いが二つある」
「…………うん」
「これもっかい着て」
ソファに脱ぎ捨てられたスラックスとカッターシャツを持ってくると、ピヨ彦がなんだか拍子抜けしたような顔をした。
「……そんなこと?」
「うん」
「まあ、別に、いいけど」
「やった、弁当食おう、チンするか?」
「今あっついから、そのままでいいよ」
「わかった」
ソファでおにぎりを食べる。間に卵焼きやウインナーをもぐもぐとつまむ。ピヨ彦も「おいしー」なんて言っているのでちょっと得意な気持ちになった。
「卵焼き上手になったねえ、昨日みたいなやつもたまに食べたいけど」
「いつでも作ってやるよ、ご注文ください」
「はぁい」
お腹もいっぱいになってきた頃合いで、ピヨ彦がソファの背にもたれた。
「……あれ?」
「どうした」
「さっき、お願い二つあるって言った?」
「言った」
「あと一つなに?」
「よくぞ聞いてくれました」
ローテーブルの上、手提げ鞄の中、の内側のポケットの中から細長い機械を取り出す。今日のために買ったのだ。
「ICレコーダーです」
「あ~すごい嫌な予感する」
「これでオレとピヨ彦の愛の対談を録音しようと思います」
「あ~最悪」
「ピヨ彦いつもさあ、声我慢してるだろ? オレもっとピヨ彦の声聞きたい、ピヨ彦の声好きだから」
ソファの座面にピヨ彦を押し倒す。ピヨ彦は目を逸らしていたけれど、オレ誕生日なんだけど、と言うと観念したように目を閉じた。流されやすすぎるのもどうかと思う。扱いやすいけど。
ベッドの上で向かい合う。ICレコーダーの録音ボタンを押す。ぱちぱち拍手をして、停止ボタンを押す。再生するとぱちぱち音が鳴った。前にピヨ彦の寝言を録音し損ねたことがあるので念入りに確かめる。よし、と呟いて録音ボタンをもう一度押してヘッドボードに置く。ピヨ彦は苦い顔をしている。
ピヨ彦の頬に触れる。体質なのか髭も生えない。見ようによっては学生にも見える。指先でさりさりと擦る。その指先にピヨ彦は目を奪われている。
「名前は?」
「……は?」
「………………」
目が合う。意図がわかる。軽くピヨ彦の両頬をつまんでむにむにと動かす。
「酒留、清彦です」
「今日って、どの辺から来たの?」
「……凍狂、です」
「こういうのって初めて?」
怒ったピヨ彦がバスローブの裾を引っ張る。頬に触れていた指を後頭部に回して引き寄せる。口を塞ぐ。べろりと唇を舐めた後、ちゅっちゅっと音を立てて吸い付くと、ピヨ彦も同じように返してきた。
バックルを押さえてベルトを解く。ズボンの前を寛げると、ピヨ彦がオレの肩に手を置いて腰を浮かす。できた隙間に手を入れて、下着の上から陰茎をなぞる。
「エッチなこと好き?」
「……………………好き……」
「ちんこ勃ってないけど、触っても大丈夫?」
ピヨ彦がこくこくと頷く。
「気持ちいい……」
「もしかして、こっちの方が好き?」
「あっ、……」
指を尻の割れ目に滑らせる。下着の上からぐりぐりと指を動かすと、ローションのぬるつきがじわりと染み出す。
「あ、あ、、……っあ、ーーっ、やだっ」
「いつもお尻ばっかりいじられるからー、そっちの方で気持ちよくなりたくて、ちんこ勃たなかったりすんのかな?」
「誰の、せいだと、思って」
「悪い彼氏だな」
ピヨ彦がオレの頭を抱きかかえている。下着のゴムの部分に手を掛けて、ゆっくり降ろしてやる。まろい尻の輪郭を辿るように撫で擦ると「はぁ、」と熱い息がピヨ彦から漏れた。
「見せて、四つん這いになって」
ピヨ彦の身体が横に崩れる。腰を持ち上げてやると、スラックスも下着も太腿の真ん中あたりまでずれ落ちた。
尻たぶをゆっくり撫でる。両親指でぐっと双丘を割ると、さっき自分で解してくれた蕾が露わになる。ぷっくりと膨れた縁を指でなぞるとローションが漏れ出てくる。指先でピタピタと叩くとぬるぬるが糸を引く。きゅうと窄まる。
「それ、っやめ、て……」
「んじゃどうしたらいい」
「は、……指、挿れ……、て……」
「ん」
中指を第二間接あたりまでゆっくりと挿れていく。一番きついところを往復していると、ピヨ彦がはあはあと長く息を吐き出す。面白くない。指を増やしてやる。
「あーーっ、あ、あ、」
指を根元まで入れると、ピヨ彦の尻がふるふると震えた。ぐちゃぐちゃに濡れた柔らかい肉の中、どこが感じるかなんてもうわかりきっている。その一番いいところをほんの少しずらして擦る。
「んんっ、……ぁっ、はぁ、、っ」
「ピヨ彦、声出せる? もっとちゃんと触ってやるけど」
ちゅぽ、ちゅぽ、と指を出し入れする。枕に顔を埋めたピヨ彦が、もどかしい快感を受けて辛そうにこちらを振り向く。小さく頷いた。それを見たオレは、ピヨ彦の中、腹側にある前立腺めがけてずぶずぶと指を進めていく。
「ああっ!♡ あ、あっ♡ あっ♡」
待っていた快感に耐えられないというように、ピヨ彦が枕に顔を擦り付ける。指の根元がぎゅうぎゅう締め付けられる。
「ほんとかわいーよ、お前」
前立腺をトントン叩くと、そのたびに腰がびくつく。ため息交じりの上ずった声がオレの脳を揺らす。
「はぁ、あ、あーーーっ♡ あっ♡ あんっ♡」
さっき溜まった性欲を全て出し切ったように思ったが、目の前の汗ばんだ身体を見てしまってはどうにも我慢がならない。すでにバスローブの中で頭をもたげている。ピヨ彦はどうだろうと覗き込むと、ピヨ彦の陰茎の先からじわじわと先走りが流れて、前立腺を押すたびにぽたぽたと糸を引くようにしてシーツに落ちて水たまりを作っている。
「わー、すげえコレ、エロ……」
ピヨ彦に見せてやろうと思ったが、重力でシャツの前身頃が落ちて膨らんでいるので見せてやれなさそうだった。シャツの裾から手を入れて脇腹を撫でると、腹筋がビクビクと震えた。
「や、あ、あ、脱がせて……」
「やだ、……なあ、ピヨ彦、三本目入れるな?」
「あ! っあ、あ♡ あーーーッ」
流れ出てしまったローションを足してやると、ぐちゅぐちゅという音が大きくなった。
「やだ、やだ、あっ♡ ねえ、ジャガーさん、ぁ、もう、ちんこ挿れ、て」
ピヨ彦が精一杯腕を伸ばして、オレの股間に触れてくる。ピヨ彦の中から指を抜く。バスローブの帯を解いていると、ピヨ彦の身体が横に倒れた。仰向けになって、力の入らない腕でカッターシャツのボタンを外そうとする。ピヨ彦のスラックスからベルトを引き抜くと、オレはその腕にぐるぐるとベルトを巻き付けた。
「や、あ、なんで、」
「着たまましよ、可愛いから」
ゴムを自身に被せた後、ピヨ彦の両足を掴んで、膝が胸に近づくように折りたたむ。赤く上気した尻、会陰が丸見えになる。そこに勃起した陰茎を擦り付ける。あ、あ、と鳴くピヨ彦をお構いなしに、腰をゆっくり進める。簡単に入っていく。
「ひっ……うあ、あ、あ♡」
「あっつ…………」
ぎゅうぎゅう締め付ける内壁を、深呼吸してやりすごす。ずっと入りたかった穴を、ゆさゆさと揺らすとうねる内壁が包み込んでくる。ピヨ彦を見ると、ベルトで縛った手の先で口を押さえて挿入に耐えているようだった。
「おいコラ」
「あっ♡」
ベルトをひっ掴んで頭の上で固定する。ずるる、と引き抜いた陰茎を、勢いを付けてもう一度押し込んでやる。
「あああっ!♡」
「言うこと聞けよ、お前……声出せよ、なあ、気持ちいい?」
「はぁ、……あんっ、あ、きもち……い……あっ♡ ああぁっ!?♡」
カッターシャツの上からピヨ彦の胸に噛り付く。布に唾液を含ませて吸うと、インナーシャツを着なかったピヨ彦の乳首がすぐに主張を始めた。そのままじゅうじゅう吸っていると、尻の中がひくひくとうねり始める。
「アッ♡ やだ、やだ、あ、イクっ、イクッ!」
前立腺に先端が当たるようにしてピストンをするとピヨ彦が腰をくねらせる。乳首を軽く噛む。
「あっ、ああ♡ ジャガーさん、じゃがーさんっ、あっ♡ いくっ♡」
ぎゅう、と中が締まる。ピヨ彦の先端から透明なさらさらとした液がぴゅっと流れ出た。
「はぁ、ぁ、あ~~~ッ!♡ あん、あ、あ、ッ♡ んむッ、ん、ん」
イッたことを無視して腰を揺さぶり続ける。ベルトを掴む手はとっくに離している。口づけると懸命に吸い付いてくるピヨ彦が可愛い。縛られた腕をオレの頭の後ろに回す。
「ジャガーさん、あっ♡ あ、すき、すきっ、ぁあッ♡」
オレの好きな声がオレを呼ぶ。耳元で直接注ぎ込まれるそれに我慢ができなくなって腰を打ち付ける。オレも好きだと返事をすると、ピヨ彦の奥の方が誘うように絞り上げてくる。応えるようにばち、ばち、と穿つ。
「ピヨ彦、っぴよひこ……イクッ……」
「あっ♡ あ、あぁーーッ♡」
腰を押し付けてどくどくと流し込む。荒くなった息を整えるように口を押し付ける。しばらくしてから陰茎を引き抜くと、ピヨ彦の腹も白濁した液で汚れていた。
=====
「どうする、これ」
「とりあえず洗うか」
「着たままするって誰かが言うから」
「はいはいオレが洗います」
一部かぴかぴになったスラックスを持って風呂場に行く。水で流して、うーん、まあ取れたんじゃないかな。
部屋に戻って、ハンガーにつるす。ソファのところでバスローブを羽織ったピヨ彦が自分の背負っていたボディバッグを漁っている。ハンガーラックには新品のバスローブがかかっている。なんでオレの脱いだ分をわざわざ着るんだよ。
「ジャガーさん、これ」
「なに?」
揃いのバスローブを羽織ったオレに包みを差し出す。ハッピーバースデーと書かれたギラギラのシールが付いている。
「開けていいの?」
「うん」
ぺりぺり包装紙を剥がす。下着が出てくる。
「パンツだ」
「うん」
「なんで?」
「なんかジャガーさんがこの前、僕が穿いてるの見て可愛いって言ってたから」
「お前それ、パンツが可愛いんじゃなくてお前が可愛いんだよ、でもありがとう」
「ジャガーさん服とか上げても着ないもんね、いつもあれだから」
「…………下着をプレゼントする意味って知ってる?」
「……知ってるよ」
「もっかいする?」
まあ、ピヨ彦の服が乾くまでは時間もあるわけだし、別に出前でも取れば一晩ここにいたっていい。
「一晩はやだ」
「なんでだよ、いいだろ」
「ケーキ食べたいから」
「ああそう……」
じゃあ、服が乾くまで。