僕がジャガーさんのことを好きになったのはある意味当然のことだった。
毎日一緒にご飯を食べて、寝て、授業(とはいえない内容だけれど)を受けて、常にそばにいることが当たり前になっていた。
彼が突拍子もないことをするたびに、目で追ってしまう。吊り橋効果なのか、ひよこの刷り込みなのかわからないけれど、彼がしでかすことへのドキドキが、彼の背の高さだったりスラリとした腕や少し低い声、それらに胸が痛むほうのドキドキに変わるのには対して時間がかからなかった。
でもこの気持ちを伝えようとは思わなかった。もし拒絶されたらどうする。僕の今の生活は8割、いや9割はジャガーさんとのもので、それが壊れるなんて考えられなかった。今そばにいられることが大事だった。気持ちを悟られないように毎日過ごしていた。はずだった。
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うだる暑さのふえ科の教室で、アイスが食べたい、だれか買ってきてほしい、という話になるのはよくある流れだった。
「「「「「じゃーんけーんぽん!」」」」」
「ジャガーさんが負けるなんて珍しいね」
「あ~~クソ、なんなんだよ」
ジャガーが教卓で悔しそうに頭を抱えた。
「フフ、では拙者はキンキンに冷えたギリギリ君を……」
「じゃあわたしは白くまのカップで」
「僕は何か適当に見つくろっていただければ!すみません……」
「ちっ、しょうがねえな……行くぞピヨ彦」
「なんで?!僕1抜けしたんだけど」
「ついてこいよ。一緒に行くだろ?」
だってピヨ彦はオレのこと好きだもんな」
ピヨ彦の胸のあたりで、サァっと血の引いていく音がした。
いつ?どこで?なぜバレた?僕がジャガーさんのことを好きだと知って、なんで今それを?
ピヨ彦の脳内を冷たい血液がめぐる中、ジャガーはすでに教室を出ようとしていた。
「ま、待ってよジャガーさん!」
ピヨ彦は追いかけるしかなかった。やっと廊下で追いついたジャガーは平然とした顔で「で、ピヨ彦は何食うの。パペコにしてオレと半分こにするか?」などと話しかけてきたのでピヨ彦は力なく「いいけど……」というしかできなかった。
だが、それで終わらなかった。
それからジャガーは何かにつけ「ピヨ彦はオレのことが好きである」という話を各所でするようになった。
「先生とピヨ彦さんはパペコなんですね」
「おう、ピヨ彦はオレのこと好きだからさ」
「まーた漫画ばっかり読んで……ピヨ彦はオレのこと好きなんだから、オレの考えた素晴らしいポーズをこれから見るのはどう?」
「明日はどっか公園で散歩でもするか?ピヨ彦オレと散歩すんの好きだろ?オレのこと好きだからそうだよな~」
もう我慢できない。つらい。つらすぎる。ピヨ彦は思いつめた表情で夕飯のカレーをおたまでかき回していた。いつもの冗談だろうか。だとしたら本当につらい。ピヨ彦の気持ちは冗談で済むものではなかったからだ。とにかく、ジャガーが帰ってきたら絶対に聞こうと決意した。なぜそんなことを言いふらすのか、いつから自分の気持ちがバレていたのか。そしてジャガーが自分のことを実際どう思っているのか。
「ただいまー」
「あっおかえり……ジャガーさん、あのさ……」
「あれっ!カレーの匂いするなと思ったらウチだったのかぁ。
いやー今日はめちゃくちゃカレーの気分だったから食べたくて食べたくて……
ピヨ彦はオレのことなんでもわかるんだな、やっぱりオレのこと好きだから…」
「あのさあ!その、それ、聞きたいんだけど」
「なにが?」
「そ、その……最近さ、ジャガーさんが、よく……僕がジャガーさんのこと好きだって」
「言ってるね」
「それって……なんで?」
「おまじない」
意図していなかった答えにカレーをかき混ぜる手が止まる。
「え?おまじないって……何が?」
「ピヨ彦がオレのこと好きだったらいいな~って思ったから」
「ちょっとよくわかんないんだけど……どういうこと……」
ピーピー
「飯炊けた?カレー食べながらでもいい?」
「自由すぎる……」
カレーをよそい、いつものように机に並べた。よほどお腹が空いていたのか、ジャガーの「いただきます」の声が部屋の隅々まで行き渡った。
「うまいなあ、カレーって別に食堂とか外でも食えるけど、なんかピヨ彦の作るやつが一番うまいんだよな。野菜の切り方とか?できれば一生食いたい」
「うれしいようれしいけど……!ごめん、さっきのおまじないの話が聞きたいんだけど」
「あーあれね、
ピヨ彦が、オレのこと好きだったらいいな~と思ったんだ」
どういうこと?
ピヨ彦が考えているうちに、ジャガーは順調にカレーを食べ進める。
「ピヨ彦食欲ないのか?オレはおかわりしちゃうぞ」
「おかわりはいいけど……その、好きだったらいいな~が、なんで周りにいいふらすような……」
「なんかさ、オレ図書館行ったんだよ。暇だったから。
そしたら【言霊で運命を変える!】みたいな本があってさ、画期的だなと思ったんだ」
ジャガーがおかわりをよそいながら続ける。
「それでオレの願い事って何かなって考えたんだけど、ピヨ彦がオレのこと好きだったらいいな~って」
「だからそれを口に出すようにしてたの?」
「そうそう」
「ジャガーさん、あのさ、そういうのは……例えば
野球選手になりたい、とか、1日何キロ走る、とか、
そういう自分に対する願いとか決意をいうものであって、声に出すことで願いを再認識したり、
それを聞いた周りが協力してくれるから叶いやすい、っていう話なんじゃないかなあ……」
「そうなの?オレ表紙しか見てないから……」
「そうなんだ……」
「で、ピヨ彦は今オレのことどう思ってんの?」
「えっ?!」
「好き?」
ピヨ彦は体中の血液がすべて顔に集まったように思った。手が震える。ジャガーの顔が見れない。時間がたって表面が少し乾いたご飯の一粒一粒を見ることしかできなかった。
「ま、気長にやっていくからいいよ。
てかこのおまじないが愛だの恋だのに向いてないってやつか。なんか別の方法試してみるか」
「好きだよ」
「えっ」
「ジャガーさんのこと」
「え好きなの?!
そんな無理に合わせなくてもいいんだぞ、え、ちゃんと恋愛的な意味で?」
ピヨ彦は頷いた。
「えぇ…すごいな言霊って……やってみるもんだなあ」
「違う」
「なにが」
「ずっと好きだったんだよ、僕、ジャガーさんのこと。
嫌われたくなかったから、隠してようと思ったんだ」
「あぁ~なるほどね、ピヨ彦は前からオレのことが好きだったと、
で、オレがみんなの前で『ピヨ彦はオレのことが好きだ』って言いまくって……」
ガチャリ、とジャガーの落としたスプーンが皿にあたって派手な音を立てた。
「オレ、めちゃくちゃデリカシー無いじゃん!!!!!!」
「え……?そう、だね……」
「数値にするとマイナス40万デリカくらいいくぞ!!!」
「知らないよ何なのその単位?!」
「ちょっ……と整理させてくれ。まずオレはピヨ彦のことが好き、」
「僕はジャガーさんのことが好き」
お互いに指を差した。
「両想いじゃん!!!」
「そうだね……」
「で、オレがデリカシー無し男……」
「もう過ぎたことだし……そんなに落ち込まなくてもいいよ」
「カレーも2皿食べた…」
「落ち込みながらピースしてるみたいになってるよ」
「付き合ってください」
「あ、はい……」
カレーを食べ終わって皿を洗うピヨ彦を、ジャガーが後ろから抱きしめた。眠るときはいつもより少しだけ布団の距離を近くした。その日はそれだけだったが、ピヨ彦は抱きしめられたときに後頭部にあたったジャガーの頬の感触と、スラリとした腕が今自分の顔のすぐ横に伸ばされているのを見て、それだけで幸せだった。