柔よく柔を制す

ふと目が覚めた。目覚まし時計の音なしで目覚める朝は気持ちがよかった。といっても締め切られたカーテンのおかげで朝かどうかすらわからない。今日はふえ科のレッスンもなく、いつものことだが特に用事もないので焦ることなくピヨ彦は時計を確認した。
10時23分、昨日は夜更かししたからこんなものか、と伸びをしながら思った。昨日のことを考えると少しくすぐったいような、照れるような、そんな心地がした。
そこで初めて、昨日のあんなことやこんなことの相手だったジャガーの姿がどこにもないことに気づいた。どこかに出かけたのか、いつも自由な人だから特には気にしないが、ほんの数ミリ寂しさもあった。

点いていない蛍光灯をぼうっと見つめる空白の時間が過ぎた後、寝返りを打つ。
なにかが膝にあたった。
布団をめくるとジャガーがいた。

「何してるの……」

ネコのように丸まってウーンだのフガフガだの言っているジャガーは、もぞもぞするだけで目が覚める様子がなかった。よくそんな格好で寝られるなと思いながら布団を掛け直す。布団の向こう側を見ると、お尻がはみ出ていた。大事な恋人をこのまま冷やすわけにはいかないので、ジャガー側に布団をずらす。今度はピヨ彦がはみ出てしまうが仕方がなかった。一般的な布団は男性と丸まった男性が入ることを想定されていない。
ジャガーのお尻の下に掛け布団を差し込み、手でズブズブと布団を刺して包んでいく。布団が餃子のようになったところで、ピヨ彦は布団から転がるようにして畳に寝転んだ。多少温まりすぎた感のある手足から熱が逃げていき心地いい。年季の入った畳の目を指でなぞっていると、後ろで布が擦れる音がした。

「何してんの」
「ジャガーさん、起きたの」

餃子布団から顔だけをモソモソと出したジャガーが怪訝な顔で言う。

「よくそんな格好で寝られるな」
「いいじゃない畳で寝たって」
「隣にいないと寂しいだろうが」

ピヨ彦の腕を掴んでもう一度布団に引きずり込む。ジャガーのいつもの髪型がそれはもうぐしゃぐしゃになっていて、ピヨ彦は手ぐしで撫でつけた。

「ジャガーさんもよくそんな丸まって寝られるねえ」
「温かいんだ」
「息苦しくないの」
「息苦しいよ」
「意味わかんないなあ」

ジャガーがピヨ彦の肩口に鼻を擦り付け、大きく息を吸った。

「ピヨ彦の布団にもぐったらなあ、全部ピヨ彦になるんだぞ」
「わかる言葉で言ってよ」
「わかってくれよ。
 布団がさ、これオレのこないだ選んだ柔軟剤でシーツ洗濯してくれただろ」
「そうだよ」
「その、オレの好きな匂いとピヨ彦の匂いが混じりあって、
 フレッシュで輝かしい、50年に1度のいい匂いなんだ」
「ワインになっちゃったね」
「それで布団に包まると、もう全方位ピヨ彦なんだ。
 これがものすごくよくてさあ……」

ピヨ彦は枕に顔をうずめて息を吸って吐いた後、ジャガーの胸元を同じように吸った。

「僕はジャガーさんの方がいい匂いだと思うけどなあ」
「あ~やっぱりな~、だから身体の相性もいいんだな~オレたちは」
「苦しい、苦しいってば」

ピヨ彦の頭を逃がさないように抱きしめる。ピヨ彦はもぞもぞと身体をよじって呼吸できる空間を確保した。

「朝飯食べ損ねたな、昼なに食いたい」
「う~ん」
「てか腹減ってる?」
「そんなに」
「オレも」

ぼんやりと蛍光灯を眺めて、ピヨ彦は言った。

「ドーナツかなあ」
「マジ?オレ餃子」
「お腹の相性は合わなかったねえ」