なんだかジャガーさんの様子がおかしいのだ。やたらソワソワピリピリしている。機嫌が悪いのか、教卓の上でこちらに背を向けて寝そべっている。落ち着かないようで寝返りをうつ、その瞬間に少しだけ目が合う。目を逸らされる。なんなんだろう。
怒っているわけじゃなさそうなのだ。別に怒られるようなことは思い当たらないし、さっきだって食堂に誘ったらついてきたし、普通に向き合ってご飯を食べた。でもいつもより箸が進んでいないようだった。あと目もあまり合わなかった。もしかして、
「ジャガーさん、なんか体調悪いの?」
ほんの少しこちらを向くと、ジャガーさんはぐるりと身体を捩らせて、顔を教卓にべたりとくっつけた。
「別に」
ああ、そう……。まあそうは言っても気づいていないだけかもしれないので、僕は腰を浮かせて教卓に近づいた。ジャガーさんがびくりと身体を震わせた。
そっぽを向く顔のおでこに手をくっつける。確かに熱とかは、ない、ような、気が、する。ほんの少し熱い気がするけど、ジャガーさんは元々体温が高いのでそれのせいかもしれない。
教卓に座るジャガーさんが、足をぶらぶらさせている。暇だと思っているのは間違いなさそうだ。今日は他に誰もいないし、早めに帰って寝かせちゃおうかな、と思った。
「もう帰る? 家でのんびりしよっか」
んん、と唸りながら頷いたジャガーさんが教卓から降りる。僕は読んでいた漫画を机の下にしまって、ジャガーさんが革靴を履くのをドアの前で待った。教室の床と革靴の底が、たし、たし、と音を立てて、ジャガーさんが近寄ってくる。
先に教室を出ようとした僕の腕を、ジャガーさんが掴んだ。
「……なに? どうしたの?」
「…………あの、今日、ハマー出かけてるか知ってるか?」
「え、知らないけど」
「そっか、」
今日は朝から教室にふたりだけだ。ハマーさんがどこにいるのかなんて別に把握していない。ジャガーさんはぐ、と眉を顰めて、顔を俯かせた。何か言いたそうに口をもごもごするので、足を戻してドアの縁に背を凭れる。掴まれた腕を剥がして、逆にジャガーさんの手を包んでみると、ゆっくり口を開いた。
「……まだ、家、帰りたくない」
「ハマーさんと喧嘩でもしてんの?」
「するわけない」
それはそうだ。喧嘩とは対等な関係がするものなので。
ジャガーさんの顔が近づいてきて、僕は焦って廊下を見た。誰もいない。顔を戻すと、口が触れそうな距離にジャガーさんの顔がある。握られた手が痛い。どうしたらいいのかわからなくてじっと見ていると、ジャガーさんがまたぎゅっと眉を顰めて、今度は僕の肩口に額を乗せた。珍しく弱っているようなジャガーさんに、なんだか優しくしてやりたくなって、肩甲骨あたりを撫でる。ジャガーさんが小さく僕の名前を呼ぶ。ん? と聞き返すと、ジャガーさんは「助けてくれ」と言った。
「……僕にできることなら、なんでも、……どうしたの?」
「…………」
「………………」
「…………なんか、どうしようもなく……」
「うん、」
「ムラムラするんだ…………」
話が違う。
駅の向こう、夜にはギラギラ光る看板も今は電球が薄暗く煤けている。場末感がすごい。その下に僕たちはいる。サービスタイム、6時間、4980円。入り口が見えないようになっている通路をジャガーさんが切羽詰まったように足を進めて、僕が追いかけていく。適当な部屋のパネルを押して、薄暗い受付に向かう。ジャガーさんが涼しい顔をして懐から万札を出した。僕とセックスしたくてしょうがないくせに。
「どうする、お風呂にお湯溜める?」
「そんな暇ない。一緒にシャワーだけ浴びよう」
「準備すんのひとりでやりたいんだけど」
「じゃあ先入ってくれよ~!!!」
ほとんど叫ぶように唸ってジャガーさんがベッドに倒れ込む。なんだか面白くなって、ハハ、と笑うと、枕に半分顔を埋めて僕を睨んだ。言われた通りにシャワーだけ浴びて、あといろいろ洗って準備をした。
シャワーから出て身体を拭いていると、全裸のジャガーさんとすれ違った。興奮とかイラつきを通り越してもはや無表情なのがなんだか無性に可愛いと思った。ざあざあ流れるシャワーの音を後ろで聞きながら、バスローブを羽織る。ベッドに倒れ込んで、テレビをザッピングする。昼間はワイドショーばかりだ。最近のニュースを見ていると「ひどいことが起きるものだなあ」と思う。この後ひどいことをされるのは僕なのだが。
ばん、と風呂場のドアが開く音がして、ジャガーさんが身体を拭きながらこっちへ歩いてくる。足とかびしょびしょだ。裸のまま覆いかぶさってくる。リモコンを奪われる。テレビが真っ暗になった。
「なんか着なよ」
「やだ」
ばかみたいな力で抱きしめてくる。苦しい。じめった足を絡ませてくるので逃げられない。何とか身体を捩らせて抱きしめ返すと、腕が緩んだ。
「なんで今日はそんなんなっちゃったの?」
「わかんないよオレだって」
ぐりぐりと頭を押し付けられる。不思議といいにおいがする。
「先に言っとくけど、ごめん、なんか、オレピヨ彦にひどいことするかもしれない」
「うん……まあ、別に……いつものことだし」
「…………」
「ちゃんと、嫌だったら嫌って言うし」
「………………」
「どうしたの」
固まってしまったジャガーさんをゆさゆさすると、また小さな声で話し出した。
「……オレ、今日、ずっと……やだやだってするピヨ彦を無理やりやりたいって思ってた……」
「……」
「…………」
「……はあ……、」
なぜか、腹の奥がぞく、と震えた気がした。
「別に、それでもいいよ、……じゃあ、『終わり』。終わり、とか、終わって、って言ったら本当にやめて」
「わかった」
唇が押し付けられる。こちらが口を少し開くと、すぐにジャガーさんの舌が入ってくる。押し返すとすぐに絡めとられる。
足を押し付けると、すでにジャガーさんのそれがパンパンになっているのがわかる。腕を伸ばして、先端の丸みを撫でると、ジャガーさんの肩がびくりと震えた。
「……すまん、ちょっと」
「ん?」
「……もう、ピヨ彦のここ、触りたい…………」
ジャガーさんの指がバスローブをめくって、僕の足の間に入って、尻の間をぐっと開いた。
「……いいよ、触って」
ジャガーさんが起き上がって、ローションを手に取る。指に纏わりつかせると、ボトルと指の間に糸がかかる。それをじっと見ている。
「は、……あ……、」
ジャガーさんの指が入ってくる。最初のころは違和感しかなかったそこも、指一本くらいならすぐに入るようになってしまった。目を閉じて深呼吸をする。ずりずりと往復される指の、関節のふくらみを意識してしまう。力を緩めるようにしても、引き抜かれるときにひくつくのが恥ずかしい。目を開けると、ジャガーさんが僕の下半身を見ているのがわかった。脚を閉じようとするとすぐに開かれる。目を閉じて羞恥心に耐える。
一度引き抜かれた指が2本に増えてもう一度入ってくる。深く息を吐いて、吸って、吐いて、なんだか汗ばんできた、顔が熱い。僕の指よりもすらっとしたそれが、奥の方まで暴いていく。中を広げるようにグネグネ動くのがなんだかもどかしくて、枕に頭を押し付けた。しばらくそのまま中を広げていた指が、突然、
「あっ、……」
前立腺のしこりを擦った。いつの間にか僕の陰茎も勃ってしまっていたようで、指がぬちぬちとそこを押す度にびくびくと揺れた。
「はぁ、ッ、あ、あ、あッ、……」
ジャガーさんが僕のバスローブの帯を解く。前身頃を横に払われて、もう裸と同じだ。ジャガーさんの顔が、ゆっくり腹に近づいてくる。何回もキスを落としてくる。その間もゆるゆると前立腺を押す指は止まらない。だんだん上に登ってきて、乳首の横のキワをじゅるじゅると吸っている。
「……あっ、あん、ん、や、やだ、そこ、もっと、」
「ここ?」
「あっ……!!」
じゅっ、とジャガーさんが乳首を吸い始める。何の機能も持たないくせにあるそこは、随分ジャガーさんに吸われて、噛まれて、押し潰されているうちに、すっかりと、そうなってしまった。
「あっ、あっ、じゃがーさん、じゃがーさん、だめ、指、止め、て」
「なんで?」
硬く膨らんでしまった乳首から口を離さないまま、じっと視線が刺してくる。
「も、イッ、イッちゃう、から、だめ」
「いいじゃん、気持ちよくなれば」
「ちが、う、っ……、ジャガーさんの、じゃがーさんのでイキたいっ……」
指が止まる。ちゅぱ、と音を立てて唇が離れて、ジャガーさんが僕の顔を覗き込んでくる。
「オレのちんこでイキたい?」
こくこくと頷くと、目の端にいつの間にか溜まっていた涙が零れた。ゆっくりと指が引き抜かれていく。はやく、はやく満たされたい。しかし、そう思っていたのは僕だけのようで、
「ぅああっ! ~~~ッ♡!?」
また勢いよく指が挿入って、前立腺を強く押し潰した。目の前がチカチカと瞬く。
「やぁ、あ、あっ、なん、で、」
「いや、バカだなーって思って」
「あっ、あッ、あ、」
「指でもちんこでも、どっちでもイけばいい話じゃん、ほら」
ジャガーさんの指が、前立腺を押し潰したまま揺らす。陰茎で押されるよりも鋭いその感覚に耐えられない。腹筋がびくびく波打っている。
「んあ、あっ、あ、あ、ヤダ、やだ、あ、イクッ、いく、あ、あっ」
びく、と抑えきれない快感で身体が跳ねる。ぎゅっと締まる肉が、ジャガーさんの指の形を拾って、さらに僕を落としていく。快感の波が去っても、まだ僕の陰茎は立ったままで涎を垂らしていた。
「ピヨ彦……」
口で息をする僕にジャガーさんが近づいて、また口を塞ぐ。舌が僕の腔内を掻きまわす。
「あーすご……口ん中ぬるぬる……ちんこ突っ込みてえ……」
離れていく身体を引き留めるように、腕を掴んだ。
「は、……んん、ん、ン、」
舌を平たく広げて、陰茎の裏筋を擦る。咥えて浅くピストンをすると、はあ、と熱い息が降ってくる。
僕の後ろに突っ込まれる指は3本に増えて、でも先程のように追い立てるような動きではなく、ぐりぐりと入り口や奥を広げている。
「あー……ピヨ彦、ちんこ挿れたい、挿れよっか?」
咥えたまま頷くと、ジャガーさんの手が僕を撫でた。ゆっくりと指が引き抜かれる。
「……ピヨ彦、涎でオレの、どろどろにして」
身体を少し起き上がらせて、ジャガーさんの陰茎を喉の奥まで迎え入れる。何回か引き抜いて、押し込んでを繰り返しては唾液をまぶして塗りつけていく。これが挿入ってくるのを想像すると、また腹の奥がぞくっと震えた。かぽ、と口を離すと、ジャガーさんの陰茎がぬるぬる光っている。大きな手が僕の頭をがしがし撫でる。犬が言うことを聞いたときみたいだ。
ジャガーさんが僕の膝を割って入ってくる。後孔に陰茎を擦り付けられて、腰がひくりと動いてしまう。
「あっ、あ、ぁー……」
十分にほぐされたそこは、簡単に陰茎を飲み込んでいく。みるみると埋められていく気持ちよさが身体を飲み込んでいく。ぼんやりと天井を眺めていると視界に赤い髪が映りこんで、首や顎や頬にキスを落とした。
僕の腰を抱え直して密着させると、今度は足首を掴んで足先を天井に向けて広げる。
「……っ、これ、やだ…………」
「なんで? 恥ずかしい?」
頷いたが、頷いたところで聞き入れてもらえないのはもうわかっている。結局、竿も玉も、なにもかもがジャガーさんの眼前に晒される。
「あーくそ、……めちゃくちゃエロいな……」
「んあっ、あっ、あ、あ、あ、……」
ゆるゆるとピストンが始まる。コンドーム無しで挿れられたそれが、粘膜どうしはぬるぬると触れ合って、皮膚は少しの引き攣りをもって熱を伝えている。
足をばたつかせようとしても下ろせない。ただ尻に力が入って、入っているものの大きさがまじまじとわかるだけだった。ゆっくりとした抽送が粘膜を擦って、そのたびに熱をもつように感覚が鋭くなっていく。少しずつ勢いを増した腰がぶつかって、ぐちょ、とか、ぬちょ、とか、僕の唾液とローションが混ざった音が聞こえてくる。腹の奥に積もっていく快感がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、奥を突かれるのに合わせてうめき声のような、でもうめき声よりもほんの少し高いものが自然と口から出ていく。
「あ”ッ……」
突然、奥へ先端を押し付けられて身体が震えた。荒い息を吐きながら腰を揺するジャガーさんを見ていると、ギラリとした目と視線が噛みあった。
「……ッ」
「ぴよひこ……オレ、もう、イキたい、」
「う、うん、いい……よ」
ふ、っとジャガーさんの目が冷たくなる。
「なあ、中に、出していいの」
「え? う、うん、んッ? えっ、ちょっと、何」
ジャガーさんが僕の足首から膝裏に手をずらして抱え直した。そのままこちらに倒れ込んでくる。
肩に膝がつくくらいに身体を折り曲げられる。息がしづらくなって苦しい。
「うっ……、ぁっ、あ、何、」
「ピヨ彦……、ピヨ彦さあ、」
ジャガーさんが何か言いたそうにしながら腰を押し付けてくる。さっきよりもほんの少し奥まで届いて、気持ちいいんだか苦しいのかわからない。
「なあ、お前、お前……」
「ん、んん、あっ、何、どうしたの」
「…………自分が妊娠しないって思ってる?」
「……え?」
ゆっくり陰茎を引いたジャガーさんが、今度は勢いよく腰を打ち付けてくる。
「あっ……!?♡」
「なあ、ピヨ彦さあ、オレと子ども作ってもいいの? オレは、オレは、ずっと、孕ませたいって思ってたよ」
「やっ、何、ッ、え? どういう、こと」
ばち、ばち、と肉が激しくぶつかる音がする。さっきよりも強い快感に背中を逸らしそうになるが、上から押し潰されていて叶わない。
「……はぁ、、オレと、暮らしてて、変なことばっかり起こるだろ? なんでそれが自分に影響しないって思ってんの?」
「アッ、♡、えっ、え? えッ?」
「なあ、中に出すよ」
「うあッ、あっ♡、やだ、やだ、あ、あっ」
「嫌ならこんな、ナカ、ぎゅうって、うねうねさせるのやめろよ、」
ジャガーさんが何を言っているのか全く意味が理解できない。僕が? なんで? 頭のなかはこんがらがっているのに、身体が快感ばかり拾って、ビクビク跳ねる。
「あ”ッ、あっ、……ぁあッ、♡ ~~~ッ♡」
「妊娠したくないなら、イくなよ。わかる? もしピヨ彦が、イッて、ぎゅーって締まったら、オレ、出すから」
「や、やだ、や、、むりッ、やだっ、あっ♡」
「ま、嫌なら頑張って我慢したらいいよ」
ジャガーさんが立てていた膝を上げて、つま先でしゃがむような姿勢になる。僕の身体をさらに体重をかけて折り曲げて、覆いかぶさって、真上から穿つ。
「あーーーーッ♡ あっ、あっ、あん、あ、」
見なきゃいいのに、頭ではわかっているのに、自分にジャガーさんの陰茎が刺さっているところが目に入ってしまう。抑えきれない欲が、入り口でジャガーさんを食い締めて、奥では誘うようにうねっている。
「あっ、あ、あ、もう、無理っ、むり、やだ、ぁ、♡ イクッ、い、いく、」
「そっかあ、オレももう限界なんだよなあ、ピヨ彦がイッて、ぎゅうってなったら一番奥に出しちゃうなあ」
「う、ウッ、うぁ、あ、あぁ、イキたくないッ、あ、やだっ♡」
「どうしてもって言うなら外に出してやってもいいけど、しょうがないよ、だってここ気持ちよすぎるしさあ、ほら、今、びくびくってなった、可愛い」
ジャガーさんの陰茎が、ぐりっと、前立腺やら精嚢やらを一緒くたにして押し潰す。もう抗えない。
「あっ、あ、ジャガーさん、じゃがー、さん、イクッ、イッちゃ、あ、あ、ッ♡」
「ん、いいよ、一緒にイこうな……」
「あん、あッ、あッ、~~~~ッ♡♡」
びく、と全身の筋肉が縮こまる。絶頂に達したその後、ジャガーさんがまた強く腰を打ち付けて、ぐ、と陰茎を最奥に押し付けた。どっ、どっ、という小さい拍動とともに、腹の奥が温かくなる。全身から力が抜けていく。頭がぐるぐるしている。ジャガーさんがゆっくりのしかかってきてまた頭を撫でた。
「冗談です」
ぺち、と肩のあたりを叩くと、ジャガーさんがちょっと笑った。
「でも孕ませられたらなってのは本当に思ってる……」
「……できないから…………」
ジャガーさんが僕の脚を横に畳んで、背中側の隣に寝そべった。まだ挿入っている。全然収まっていない。
「うぁっ、あっ、あッ♡」
僕の肩口に顔を押し付けながら、またゆらゆらと腰を揺らす。
「…………ダメだよ、ちょっと、休憩させて」
「やだ、だってまだオレ全然……」
「ダメ、休憩」
振り返るとジャガーさんがキスをしてくる。手と腕で頭を固定されたが、まあそのくらいなら、と思って受け入れていると、だんだん腕の力が強くなってくる。
「……ちょっと、なに、やめてよ」
「なあ、ピヨ彦、できることならなんでもするって言ったよな」
「…………」
「やだやだって言うのもいいけど、もう何も考えずにあんあん言ってていいから、尻貸してよ」
ジャガーさんの声がどんどん耳元に近づいてくる。
「ピヨ彦さぁ、今日、オレのオナホになってよ。今度オレも言うこと聞いてやるから」
「………………」
じっと横目でジャガーさんを見ると、承諾した覚えもないのに「ありがとー」と言った。本当に勝手な人だ。後ろからのしかかってくる重みを受け入れていると、ジャガーさんが「ところでさあ、」と言った。
「なんでさっき『終わり』って言わなかったんだ?」
あー、うるせえなあ。