ジャガージュン市は暇だった。教卓の上に仰向けに寝そべって、足をぶらぶらとさせている。手で教卓の端を握りしめると、腹筋に力を入れて足と頭を持ち上げる。天板と設置した背中を軸にして、腕の力を使ってぐるりと回った。一回転すると元の景色に戻った。面白くなかった。
息を大きく吸い込みながら教室を見渡す。高菜がパソコンで何か打ち込んでいる。ハマーは眉毛を抜いていた。一人足りない。だから面白くなかった。
「オレ、今日帰るわ。戸締りよろしく」
吸い込んだ息を吐き切ったジャガーがそう言うと、はーい、と気の抜けた返事が2人から帰ってくる。教卓を降りて靴をつま先でいじって揃える。靴を履き終わると、なんだかお腹がすいたような気がした。
ガリプロを出るころには、ジャガーはなんとなく商店街のコロッケのことを考えていた。本当は正直なところコロッケでもなんでもよく、とにかく商店街に行く理由を探している。小腹を満たすのならコンビニに立ち寄ればいい話だった。
なぜか2つ買ってしまったコロッケは丁寧に袋に入れられてしまい、歩き食いをするには少し面倒だった。白いビニール袋を指先に引っ掛けて、ふらふらと歩く。しばらく足を動かすとかわいい子が店先にいたので、ふと立ち止まった。
「あれ、ジャガーさん、どうしたの」
ピヨ彦だった。いつの間にか花屋の前まで来ていたのに気づかなかった。
「おう」
「授業は?」
「早退」
「講師のやることかなあ」
ジャガーがピヨ彦をじっと見つめる。ピヨ彦は怪訝そうな顔で見つめ返した。
「どうしたの?」
「花くれ」
「買うの?どれにする?」
「バラ、赤いやつ。全部」
「全部?!何に使うの」
「好きな子にあげる」
「僕?」
「そう」
「いらないよこんなに」
「ええい、じゃあ3本」
「そのくらいならまあ手入れできるかな……」
「特に赤いやつを選んでくれよ
ソドム吉田の怒った顔よりも赤いやつだぞ」
「誰?」
ピヨ彦がバラを3本選んでいると、店の奥からやく丸が歩いてきた。
「おお、ジャガー君じゃねえかい」
「やっくん、どうも」
やく丸がピヨ彦の手元を覗いて言った。
「花をお買い上げかい?ありがとうな。
ピヨ彦くん、それこっちで包んじまうから着替えておいで。
今日は早めに上がってジャガー君と帰りな」
「ほんとですか?ありがとうございます」
「今日は急にシフト入ってもらって助かったよ」
ピヨ彦が会釈をして、エプロンを脱ぎながら店の奥へ手荷物を取りに行く。
「やあ、ピヨ彦君が来てから店が繁盛するようになってね。
今日学校なのにバイトに呼んじまったのも、午前中に結婚式用の大口顧客があったんだ。」
やく丸は器用にくるくるとバラをビニールで巻き、上から包装紙を掛けながら言った。
「ジャガー君はこれをどなたへ?」
「ピヨ彦」
リボンを結ぶ手が止まる。
「ジャガー君、花言葉って知ってるかい」
「知ってるよ、オレ花言葉研究会やってたこともあるんだぜ」
「ああ、いや、知ってるならまあいいんだ……」
リボンを結び終わると、顔を赤くしたやく丸が花をジャガーへ手渡す。ピヨ彦が戻ってきた。
「ジャガーさん、おまたせ」
「おう」
ピヨ彦は顔の赤いやく丸を不思議そうに見た後、レジの横に目を動かした。
「店長、それ、貰ってもいいですか? 捨てちゃうやつですよね」
「ああ、午前中にやった花束の余りだな、持って行って構わないよ」
ピヨ彦が白いカスミソウを何本か選び取ると、ジャガーの傍に立ち、ジャガーの髪に刺した。
「あはは、似合うねえジャガーさん」
特徴的な赤い髪から、白い繊細な花たちが覗く。2本目、3本目と次々に花を咲かせるピヨ彦をジャガーが見下ろしながら、ピヨ彦、と声をかけた。
「結婚する?」
やく丸が両手を口に当てた。ピヨ彦は語尾を上げながら「どうしようかな?」と言った。