猛獣使い【R-18】

一向にまぶたは重くならなかった。おやすみと言って電気を消し、布団に入ったはいいものの、ピヨ彦はただ寝巻きにしているTシャツが地に接している部分の布の重なりを平らに均しては、眠れない理由はそこではないのだということが身に染みてわかるようだった。もぞもぞと身体を動かしてうつ伏せになる。腰にぐっと力を入れると、みぞおちから首を通って、頬が灼けるような心地がした。ふう、と漏れた息は重さを持っていた。
額を枕カバーに擦らせながら、隣の布団で寝ているジャガーを見た。布団がすうすうと規則的に膨らんではしぼんでいく様が影になって見えた。よく眠っているようで羨ましかった。寝れない。脳と腰を支配する疼きが、半分以上は隣で健やかに眠っている男に起因するものだというのに、自分ばかりがもぞもぞとしている。寝れない。今日はちょっと触ってほしかったのに、とピヨ彦は思った。
逃げ場を失った性欲に追い立てられながら、ピヨ彦は布団を抜け出した。古い畳にかかとをゆっくりとつけ、誰も起きることのないように願いながら、板張りの床へたどり着く。トイレの電灯のスイッチを慎重に押した。ドアの隙間から光が線になって漏れて、あたりをほんの少し照らす。ぼんやりとした暗闇が輪郭を持ち、ふっと何かに誘われたように、ピヨ彦は風呂場の脱衣所へ足を進める。洗濯かごに指先を入れてかき混ぜる。黒く薄い布を見つけ出して、ずるりと引き抜いた。トイレのドアノブをしっかりとつかんで、ゆっくりと回す。ズボンをずらして便座に腰掛けたピヨ彦の手にはジャガーが普段着ているインナーのシャツがあった。
シャツを両手でぐしゃりと持ち、顔をうずめる。自分の生暖かい息が染みると、シャツはジャガーの匂いを返した。ピヨ彦は目の前がまぶしくなったように思えて目を閉じた。頭の中が、血を薄めたようなピンク色で埋め尽くされていく。太ももに肘をついて、右手に持ったシャツに顔をうずめたまま、左手を自身に伸ばす。もしもこの世のすべてが善と悪に分類されるのであれば、多分悪いことだろうという自覚を持ちながらも、同居人のシャツをいわゆるおかずにして自分を慰めることをやめられなかった。呼吸が深くなる。シャツを大きく吸い込む。足りない。心臓の音がうるさい。足りない。はあ、と息を漏らすと、ピヨ彦は自身から手を離し、左手の中指と薬指をめがけて唾液を垂らす。ぬるついた指を秘所に添わせて、ぐりぐりと探るように指を動かす。ごくんと喉が鳴る。シャツを持つ右手にも力が入った。ジャガーがいつもするように、入り口をぐりぐりと円を描くようにしてほぐしていく。多少柔らかくなると、ピヨ彦はもどかしそうに中指をゆっくりと差しこんだ。熱い粘膜の中から、自分のイイところを探し出す。ジャガーの手つきを真似て、前立腺のしこりを擦りながら抜き差しをする。ジャガーの指ならばもっと奥まで届くだろう、と思った。息が自然と荒くなる。眉間に力が入る。頭の中でジャガーの名前を呼んだ。

「ピヨ彦?」

ふっと息が止まる。心臓の音だけが大きいまま、一瞬にして身体が冷えたような心地がした。

「どうした?お腹痛い?」
「あ、いや、だ、大丈夫」

指をずるりと引き抜いて、トイレットぺーパーを引き出して拭う。
扉を一枚隔てて、板張りの床がミシッと鳴いた。

「あの、ほんとに大丈夫だから、寝てて」
「オレもトイレ行きたくなったから、待ってる」

まじかよ、とピヨ彦は思った。指を拭ったペーパーを捨て、水を流し、ジャガーのシャツをグルグルとできる限り小さくまとめた。
シャツを後ろに隠しながらドアを開ける。

「どうぞ……」
「おう」

そろりとトイレから半歩離れる。
ジャガーがピヨ彦の後ろを覗き見た。

「それ、何」
「なんでもない」
「何持ってんの」

腕力でも素早さでもジャガーに敵わないピヨ彦の持つ物体の端っこを、ジャガーはいとも簡単に掴んだ。びろんと袖の部分が伸びる。

「オレのシャツじゃねえ?それ」
「……」
「なんで持ってんの」
「いや、なんか……、なんでだろう、偶然、寝ぼけてて」
「そう」

ピヨ彦はいつのまにか壁に追い詰められていた。

「んなわけないよなあ?」

壁に背中を擦り付けたピヨ彦の右も左も、ジャガーの手が塞いでいる。普段は滅多にしないくらいににこやかな笑顔のジャガーを見て、ピヨ彦は急いでジャガーの胸元に目を逸らした。

「ジャガーさん、トイレ行くんじゃないの」
「引っ込んだ」

ウソだ、とピヨ彦は思った。今までのことは全部バレているのだとわかった。ジャガーの腕からイチかバチか逃げようとしゃがんだが、次の瞬間ピヨ彦の肩には無情にも長い指が食い込んだ。もうだめだ、と思った。にこやかな顔のまま、ジャガーが口を開く。

「別に、よくあることさ。
 健康な青少年なら性欲を持て余してしまうことだって……」

ジャガーの指はピヨ彦の首元から後頭部にかけて、わしわしとくすぐるように撫でた。獰猛な獣を落ち着かせるようだった。

「まあでもさ、相談くらいはあってもよかったと思うんだよな、
 オレはいつだってピヨ彦を満足させてあげられるからさ、
 恥ずかしがらなくたっていいんだ」

ピヨ彦の手からシャツが零れ落ちた後、ジャガーが目の前で見せつけるように自らのズボンのボタンを外した。

「どうする」

へた、と地面に座り込んだピヨ彦の口元に、ゆるく芯をもった先端が突きつけられる。ピヨ彦が目線を上げると、うっすらと笑ったジャガーと目が合った。真意の読み取りづらい目は、まっすぐピヨ彦を見ていて、冗談で言っているわけではないことだけは十分にわかった。冗談ということにしたくて、ピヨ彦の口からは、ハハ、と笑うような吐息が漏れた。だがそれでもジャガーはピヨ彦が逃げるのを制止するように、自身の先端とピヨ彦の口に数センチの余裕を持たせるようにしてピヨ彦の後頭部を支え続けていた。今まで何度も口淫に至ったことはあったが、それは対等にセックスを楽しむためであって、今回とはわけが違った。あと数センチで今夜飼い慣らされる。恐怖と期待で頭がいっぱいになる。「いいから舐めろ」だとか、「早くしろ」だとか、言ってくれた方がよかった。ジャガーは黙ったまま、変わらず笑みを浮かべている。怒ってでも泣いてでも後頭部の手を振り切って逃げることは可能なはずなのに、重い首輪をつけられたようにジャガーの自身から目が離せなくなっていた。
じんじんとする唇を開いて、ピヨ彦は舌を伸ばす。先端をひと舐めした後、ジャガーの自身を口に迎え入れた。シャツよりももっと濃い匂いが脳を刺激して、目の前がチカチカする。

「ピヨ彦、手、使わないで、やって」

言われた通り、ピヨ彦は手をジャガーの膝あたりに置いて、頭を前後に揺すりながらジャガーを追い立てた。ジャガーがピヨ彦の頭をゆっくりと撫でる。ぬめった唾液がだらだらと出て、呼吸がつらくなったピヨ彦は、ぷは、と小さな音を立ててジャガーから口を離した。呼吸を整えようとしたその時、ジャガーがピヨ彦の頭をぐっと壁に押し付け、口に自身を押し込んだ。

「んっ!、ング、ぅ、うぅっ」

喉の奥を乱暴に突かれ、苦しくなったピヨ彦のぎゅっと閉じた目じりに涙が浮かぶ。反射でピヨ彦の喉がジャガーの先端を締め付けた。嘔吐感が限界を超えるその手前で、口からジャガー自身が引き抜かれた。咳き込むピヨ彦の背中を撫でながら、ジャガーが言った。

「ごめんごめん、苦しかったなぁ、
 よく頑張ったな」

唾液と涙でぐしゃぐしゃになった顔に、ジャガーがキスをした。ピヨ彦は息を整えながら、ひどいことをされたのにより一層股間に血液が集まっている自分に嫌気がさした。

「立てるか?壁に両手ついて、そうそう」

ジャガーはピヨ彦を後ろから抱きかかえ、尻を突き出させた。ピヨ彦のズボンを降ろすと、腰や尻にいくつかキスを落とす。ジャガーはピヨ彦自身に手を伸ばし、竿を数回擦った。

「もうパンパンじゃん、ここ。
 1回イッとくか?」

前だけで達したところで足りないのはもうわかっていた。ピヨ彦は首をふるふると横に振って、小さな声で、うしろ、触って、とこぼした。
ジャガーはピヨ彦の尻を両手で割り開くと、秘所にふっと息を吹きかけた。ぞくぞくとした刺激がピヨ彦の背中を這い終わらない間に、ジャガーがそこに口づけ、穴に舌を差し込んだ。

「やっ、あっ、あっダメ、あっ!」

指とは違う柔らかい物体が自分を犯す。身体を支える手と足に力を使うのがやっとで、逃げられないピヨ彦をジャガーが追い詰める。満足したのか、ジャガーは秘所から口を離すと床に落ちていた自分のシャツをつまみ上げた。

「隣とか上とかにさ、ピヨ彦の声聞かせたくないんだよな……」

そう言ったジャガーはシャツを適当にグルグルとまとめ、だらしなく開いたピヨ彦の口に押し込んだ。

「んっ?!ぐっう、ぅ」
「これでよし、と。落とすなよ」

ジャガーは自分の右手の指をべろりと舐めて湿らせた後、ピヨ彦の秘所にあてがった。入り口をぐりぐりと押し広げる。自らの指やジャガーの舌を既に受け入れたそこは、いつもより早く身を委ねた。自分では届かなかったところをジャガーの指で暴かれ、待ち望んでいた刺激に声帯が震えたが、声は口を塞がれた布に吸収されて小さく漏れた。

「ピヨ彦さ、激しくされるの好きだよな
 今日はものすごく優しくしてやろうか」

顔を見ていないのに、ジャガーが笑顔なのがわかった。不満を伝えたい声はうまく届かず、ふう、う、という呻きに変わった。すでに満杯に近いコップに、さらに水滴を一滴一滴ぽたぽたと落として溢れるさまを見ようというのだ。残酷だ、とピヨ彦は思った。ジャガーは前立腺を掠めるようにゆっくりと指を引き抜く。快感を通り越して、鼻がツンとするようなつらさが背骨を伝う。ずりずりと刺激は繰り返され、だんだんと過敏になっていくそこに指が増やされる。3本の指がばらばらに動かされると、ピヨ彦は壁についていた左手を後ろに回した。指先でジャガーに触れ、刺激に合わせて震える指はジャガーの先端を探し出した。上体をひねり、ジャガーと目を合わせる。唾液を吸って重くなったシャツをぐっと噛みしめた。

「ふ……ぐ、ぅ、」
「我慢できない?もう欲しい?」

必死に頷いた揺れに合わせて、ピヨ彦の目からボロボロと涙がこぼれた。

「かわいそうに……
 ちゃんと楽にしてやるからな」

柔らかくなった蕾に先端を押し付けると、ジャガーは壁についたピヨ彦の手に自分の手を重ね合わせた。焦らすようにゆっくりと動きを進めたジャガーが前立腺に達すると、ピヨ彦の身体が弓なりに反った。身を捩らせたピヨ彦の喉から高い音が出て、熱い肉壁はジャガーを締め付けた。とぷとぷと精が流れ出て、床に落ちた。

「挿れただけでイッちゃったんだ」

かわいい、と言いながらきつくなった肉壁の中をジャガーが進んでいく。一番奥まで入ると、ジャガーはピヨ彦の首にキスを落とした。びくりと肩を震わせたピヨ彦に、動いていいか、と尋ねると首を縦に振った。イッたばかりで苦しいところだろうに、ジャガーはピヨ彦をいとおしいと思った。
ゆっくりと抽送を繰り返しながら、ピヨ彦の寝巻きの裾に手を入れる。脇腹や胸に手をやると、そのたびに身体が跳ねた。うっすらと筋肉の付いた身体を触りながら、ジャガーは中肉中背のいたって普通のこの青年が、その辺の女性ではなく自分を自慰の対象に選んでいることを思い、笑みがこぼれた。お互いがお互い無しではいられなくなっている事実に、満足感のような、優越感のような、オレの恋人はこんなにもかわいいんだぞと叫びたくなるような、そんな心地がしていた。
ピヨ彦が苦しそうな声を出すので不思議に思うと、ジャガーは自分の指が、爪が食い込むほどにピヨ彦の腰を掴んでいるのに気付いた。すぐに手を離し、爪の痕を手のひらで撫でた。

「ああ、ごめん
 ごめんな、ピヨ彦」

優しくするつもりだったのに、そう思ったジャガーがピヨ彦自身に手を伸ばすと、再び熱を取り戻したものがそこにあった。
計画は崩れた。ジャガーはピヨ彦の上体を搔き抱いて、激しく穿った。首筋を舐め、噛みついて啜った。痛みで開いたピヨ彦の口からシャツが落ちかけ、すんでのところで端を噛み直す。

「んっ、ン、うぅ、ぅ、あっ」
「ピヨひこ……ピヨ彦、
 っはぁ、イクぞ……」

甘い声を漏らすピヨ彦が、壁に額を擦りながらこくこくと頷いた。何回かの抽送の後、ピヨ彦の一番奥をめがけてジャガーは精を吐き出した。どくんどくんと脈打つ感覚がピヨ彦に甘い痺れとして伝わり、ジャガーを締め付ける。ジャガーはくらくらとしながら、ピヨ彦自身の先端を扱いた。声にならない声が漏れて、ピヨ彦もジャガーの手の中で達した。


「最後まで落とさなかったの、偉いぞ」

ピヨ彦の口から垂れるシャツをジャガーが引っ張り、ピヨ彦が口を開けた。ようやく解放された気分だった。シャツでピヨ彦の尻を拭いた後、床をざっと拭きながらジャガーが言った。

「溜まってきたときはオレの布団に潜り込んできたらいいじゃん」
「……恥ずかしいよ」
「いつでも大歓迎。
今日みたいなプレイがしたいなら話は別だけど」

ピヨ彦はズボンを履きながら目を逸らす。

「まあ、でもピヨ彦は
 オレの言うことちゃんと聞くからな、大丈夫だろ」

洗濯かごにジャガーがシャツを投げ入れた後、ジャガーは再びピヨ彦を壁へ追い詰めた。ジャガーが人差し指で自らの唇をトントンと指し示した。
顔を赤らめたピヨ彦が、つま先立ちになってキスをする。

「よくできました」

可愛い恋人の猛獣の部分だって、自分のものだとジャガーは思った。