2022年11月11日~20日

 

11月11日

君のいない春に眠る ジャガとピヨ
ピヨ彦がバイトに行ってしまったので天井を眺めている。蛍光灯の豆球のそばにある、なんか穴みたいなやつを人の顔に見立ててぼーっとしている。外が寒ければ編み物でもする気になるが、窓の外には輪郭を持たない春の雲がたなびいている。いつの間にか眠ってしまっていたようで、気づくと隣にピヨ彦が寝転んでいた。布団をかけてやらないといけない。

給料三ヶ月分の、 ジャガピヨ
吊り革を掴むとつい上を眺めてしまう。ピンクの分厚い雑誌。今月の付録はふたりのための結婚指輪BOOK。ジャガーさんが顔を覗き込んでくる。
「ピヨ彦、ああいうのいるか?」
「え、いらないよ」
うーん、と言いながらジャガーさんが懐の穴に手を入れてなにか探っている。
「カントリーマアムあった。いるか?」
「いらない」

 

11月12日

彼氏気取りかよ ジャガとピヨ
ピヨ彦が最近おかしい、とジャガー殿が言う。急に喫茶店に呼び出されたと思ったらこれだ。見たことない新しい服を着てるとか、ギター科の知らない生徒と話してるとか。
「いやそんなの普通でござるよ、ジャガー殿はピヨちゃんの何なんだYO」
「……」
「……」
「…………」
重い時間が過ぎて、コーヒーはとっくに無くなった。もう帰りたい。

正義の味方 ジャガピヨ
洗剤で手が滑って、皿同士をぶつけてしまった。落ちた破片が派手な音を立てる。ああ、やっちゃったと呟いて、赤く滲む泡を洗い流す。背中越しに誰かの気配がした。
「見せてみなさい」
振り向くとジャガーさんがいた。目元になんだかよくわからないマスクをしている。仮面舞踏会か。畳に座らされる。救急箱を持ってきて、ガーゼと包帯をぐるぐるまかれた。やることは普通。

 

11月13日

お前ごときに、救えるものか。 ジャガピヨ
「ジャガーさんは、別に僕のこと好きじゃないでしょう」
なんでオレの前じゃ笛を作らないんだ、と言ったジャガーに言い返す。ジャガーが帰国している時、ピヨ彦は笛を作らない。もう意地だった。笛を作っているのを知られた時、ジャガーはもちろん喜んだ。しかしその笑顔を見た時、ピヨ彦は胸に冷たい水が流れ込んでくるような、そんな心地がしていたのだって。
「僕じゃなくて、結局笛でしょ。笛の方が好きなんでしょ。僕単体で、個人として、本当に僕のことを見て欲しいのに」
「……………」
ジャガーは黙っている。ピヨ彦だってこんなことを言うつもりではなかった。たまに帰ってくるジャガーを悲しませたりだとか、苦しませたりだとか、そういうことはしたくなかった。床に置いていた手の指先に力が入る。年季の入った畳がざりざりした。
「サクランボがさあ、」
「は、」
「あの、プリンに乗ってたら嬉しいじゃん」
「……………」
「オレがサクランボ農家だとする」
「なんの話」
「サクランボ農家はプリンが大好きなんだけど」
「いや本当に何」
「目の前にプリンがあって、ああなんて美味しそうなんだって思うだろう、それで、ああ、ここにサクランボ乗せてえって、あの、いやもちろんプリンはそれはそれですごく美味いんだよ、でもこの、一個、乗せるだけで最高の、赤い、あの、本当にプリンって美味いんだよ、卵と牛乳と砂糖だけであんな、なあ!?ほんと、素朴な……」
ろくろを回すジャガーを見ている。何を言っているんだ。はあ、はあ、と息を切らしながらジャガーがにじり寄ってくる。
「ほんと、プリンって、美味いんだよピヨ彦……」
擦り付けられた頬が濡れていたので、ピヨ彦はもう、ああ、うん、とだけ返事をした。

もっとアドリブで恋したい ジャガとピヨ
「図書館デートのしおりを作りました」
ジャガーさんがコピー用紙を半分に折ったものを渡してきた。受け取るとびっしり文字が書いてあった。
<図書館に到着。新書のコーナーで気になる本に手を伸ばすとピヨ彦と手がぶつかる。あっ、と言ってピヨ彦の頬が染まる。あの、よかったら一緒に読む?と言うので、オレは>
「昨日暇だったんなら洗濯行って欲しかったよ」

下に続きます

 

11月14日

もっとアドリブで恋したい ジャガピヨ
結局図書館には来た。漫画を普段通り読んでいるとピヨ彦、と囁かれる。
「これ読んで…」
受け取ると、隣の席にいそいそとジャガーさんが座った。
『肉も骨も粉々に踏み砕くぞ!』
「うわすっげえ、なんだこのヤギ化け物じゃん」
『がらがらどんは、ひづめで肉を木端微塵にして…』
「なんだこいつ超強えよピヨ彦もっかい読んでくれ」

君が沈んだ海に告ぐ ジャガとピヨ
地方の物産展がやっているので冷やかそうとデパートのエスカレーターを登る。乗り継ぐ時「海洋散骨のご相談」の看板が目に入る。
「やっぱ海がいいか?」
え、と上を向くとジャガーが見下ろしている。
「うちの墓入るんなら、あれ山だけど」
「やだあんな怖いの」
「しょうがないな、オレも海にしてやるよ」

 

11月15日

しんでるにんげんなんか、こわくないさ ジャガピヨ
泣けない子 ジャガとピヨ
こちらから

 

11月16日

腹を括れ ジャガとピヨ
「ジャガーさん、なんかあった?どうしたの」
「ピヨ彦…」
ジャガーが何か悩んでいる。あまりにも深刻そうなので声をかけると、眉間に皺を寄せたままジャガーが答えた。
「母江さんのこと、お母さんって呼んでもいいかな」
「は?」
「ピヨ彦くんママ、の方がいいかな」
「それママ友の呼び方なんだよ」

「とりあえず殴っておく?」 ジャガピヨ
ハマーは激怒した。必ず、邪智暴虐のジャガーを除かなければならぬと決意した。いろいろあって石工のピヨヌンティウスを身代わりに差し出した。走れ!ハマー。でもちょっとその前にハンバーガーも食べたい。あと街に可愛い娘がいるので声をかけたい。
ジャガーはピヨヌンティウスを磔台から降ろした。
「お前は助けておくけど、あれ、どうする?」

 

11月17日

君を季節に例えるなら ジャガとピヨ
さりさりという音と共に、シンクに橙色の帯が落ちていく。剥き終わった柿をまな板の上に置いて切り分けるのを、同じく橙色の男が後ろから見ている。
「秋のものって美味いから好き」
「そうだねえ」
「芋、栗、かぼちゃ、柿、あと」
「かぼちゃって夏じゃないの」
「旬は秋冬」
「そうなんだ、
……柿とあと、何言いかけた?」

ラブソングを歌うよ ジャガピヨ
「紅白出るのほとんどわかんねえ」
「そう?」
ピヨ彦の同意を得られなかった。そういえばこいつはCD屋に通ってよく視聴をしている。貧乏なのに。
「J-POPってまだ愛とか恋とかやってんの」
「そうじゃないのもあるけど、まあそういうのが音楽の根源でしょう」
「ふうん、お花畑だな」
「僕だってそうだけどね」

 

11月18日

愛が歪んだ ジャガとピヨ
「ピヨ彦って単為生殖できる?」
「できない」
「七面鳥はできるらしいぜ」
「僕たまご産まないよ」
産まないのかあ、はーあ、とジャガーが口をへの字に曲げる。
「オレたちに子供ができたとしてさあ」
「う〜ん」
「それがピヨ彦の成分100%なら愛せるかなって思ったんだ」
「それはもう僕でいいじゃない」

覚えてもいないくせに ジャガピヨ
ジャガーさんは風呂に入る前に居間で全て脱ぐ。やめてほしいと思っていたが、もう慣れた。今日も元気に服を脱いでいるジャガーさんの背中に赤いひっかき傷がついている。
「どうしたの、それ」
「え、」
「背中、痛そうだねえ」
「…ちょっと子猫ちゃんに」
「猫?」
外でも服を脱いでいるのだろうか。やめさせないと。

 

11月19日

責任者、出てこい。 ジャガとピヨ(リーマンパロ)
「はい、あの、私の方で一旦お話を伺いまして…」
『君じゃ話になんないんだよ、上の人出してよ』
席にジャガーさんが戻ってきて、声に出さずに「代わるよ」と言った。少々お待ちくださいと電話口の相手に言って、受話器を渡す。
「責任審判のジャガーです」
「初手から失敗してる!言いたかっただけだろ」

神様に恋をした ジャガピヨ
ピヨひこ堂に来たジャガーさんが壁に掛かった僕の写真を見てパチパチと手を叩いた。
「拝まないで」
「いいじゃん、この世の穢れみたいなのを全部背負ってくれそうでさ」
「背負わせないで」
「マジ神だな」
「また若い子が使うような言葉を」
「若いもん」
グラスを出してあげるとまた、神だなあと言いながら僕のグラスでお茶を飲んだ。

 

11月20日

一時休戦 ジャガピヨ
「鍋鍋、絶対鍋」
「最近いっつも鍋じゃん、なんかもっと違うのがいいんだオレは」
道を歩きながら言い争う。鍋が嫌だと言いながら代案を全く出さないのだ。この人は。
「5秒以内に食べたいもの言ってよ、そうじゃないと鍋だからね5、4、」
ふわりと匂いが鼻をつく。インドカレー屋だ。2人で顔を見合わせて、もうその後は早かった。

「とりあえず殴っておく?」 ジャガとピヨ
インドカレー屋のおじさんがジャガーさんの知り合いだった。変に交友関係のある人だ。ディナーセット、ナン、飲み物はチャイで。頼み終わるとジャガーさんのラッシーと僕のチャイをすぐにおじさんが持ってきて、友達?とジャガーさんに向かって聞いた。
「ああ、コレよ、コレ」
小指を立てた。帰り道に背中をグーで殴った。