2022年12月21日~31日

 

12月21日

どこへ帰ればいい? ジャガとピヨ
ジャガーさんが玄関の前にいる。窓から見える部屋の中が白く煙っている。
「えっまたバンサルカン焚いたの?」
「うん」
「隣に泊まるの嫌だよ僕」
う〜んとジャガーさんが唸る。そっと抱き寄せられる。
「とりあえず朝までスパ銭行こうぜ、奢るから」
「ええ〜それならいいけど…なに、またゴキブリいたの?」
「すっげえでっかかった。人くらいあった」
「だからそれハマーさんなんだよ」

嘘でもいえない ジャガピヨ
ピヨ彦が怒っている。ピヨ彦が新しく買った冬服にオレが全部ファンシーなアップリケを付けたからである。
「ジャガーさんはさあ、僕がモテない方がいいと思ってるでしょう」
「そ、…」
んなことないよ、と言おうとしたが続きが出ない。だってそうだろう。オレだけ、オレだけに好かれてたらそれでいいだろうが。

 

12月22日

甘やかしてよ ジャガとピヨ
暖房で乾燥した空気がぼんやりと眠気を誘う。教室の椅子をずりずりと這って、いつも通り漫画を読んでいるピヨ彦の太腿に頭を乗せる。漫画から目を離さないまま、オレの髪を撫でる。ああくそ、チューしてえな。思ったことが声に出ていたようで、ピヨ彦がダメだよと言った。頬を撫でた手がかさついていた。

忘れてしまった ジャガピヨ
「週末さあ、家いる?」
「ん?クリスマス?いるけど」
「よかった、もうおじさんの霊と過ごすのとか嫌だから」
「悪かったよ。てかあん時もケーキとか用意してくれてたよな、イベントごと好きなんだなあピヨ彦は」
…そうかなあ。でも元々そんなことはない。ジャガーさんと暮らす前の自分がどう過ごしていたのか、もう思い出せないのだ。

 

12月23日

彼氏気取りかよ ジャガとピヨ
「で、僕がガンニョムおじさんの霊と過ごしてた間どこにいたの」
「それは別にオレの勝手じゃん」
こたつの天板に顎を乗せてジロリとジャガーさんを見ると、意地の悪そうににやっと笑った。
「なに、そんなこと気にして。ピヨ彦はオレの恋人かなんかか?」
言い返さずにこたつに身体を潜らせる。なりたいよ。

覚悟はできてる ジャガピヨ
ピヨ彦の実家で、居間で、ピヨ彦がごめんなさい、と頭を下げた。か細い声が続く。
「一人息子なのに、ごめん。でも、一緒に生きていくならジャガーさんだと思ったんだ」
膝に置いた握りこぶしが震えている。肩から背中に手を往復させてさすってやる。
顔上げろ、ピヨ彦。お前の両親、ニヤニヤしてるぞ。

 

12月24日

この寂しい口に、キスをどうか ジャガとピヨ
名もない花 ジャガピヨ
6時半、ぼんやりと空が明るくなる。寒い。ベランダの手すりに積もった塵をパッパと払って肘をつく。冷たい。ところどころへっこんでいるタバコの箱から一本出して咥える。ライターの横車を回して火をつける。目に見える世界の中でそこだけが熱い。煙を吸い込んで、吐く。遠くにガリプロの看板が見える。就職率98%。煙を吸い込んで、吐く。仲間と一緒に輝かしい毎日。繰り返し。でも日々には概ね満足だ。繰り返し。ピヨ彦もいるし。
ガラ、と後ろで窓が開く音がする。顔を思い浮かべていたご本人が訝しそうに顔を出す。
「やべ」
「どうしたの、こんな朝から」
「なんでもない」
目が開ききっていない。かわいい。口を尖らせながら、ピヨ彦がスリッパを履いた。
「隠れて吸っちゃってさあ、」
「別に隠れてはない」
ピヨ彦が隣に立つ。さっきオレがやったように、手すりをパシパシと払って、同じように肘をついた。
「なんかさあ、あったら、聞くよ、話」
ピヨ彦がオレと同じように街並みを見たまま呟く。あ、と思った。オレが寂しい時にだけタバコを吸うという話をしたからだ。ごめん。ごめん、ピヨ彦。オレは本当に今寂しいわけではなく、ただ冬の早朝のタバコが美味いというだけで火をつけているのだ。ピヨ彦はこちらを見ないまま、オレが言葉を発するのを待っている。オレを心配している。オレは心配されている。どうしよう。うれしい。
「うん…いや、別にいいんだ、なんかこうやって、そばにいてくれるだけで、すごいあの、うれしいから」
ピヨ彦がこちらをちらりと見る。唇は変わらず少し尖っている。えっ、キスしたいな。えっ?

オレってピヨ彦にキスしたいのか?

心の中で何かが咲いてしまった。何なんだ。寂しいんだっつって、お願いしたらさせてくれるかな。いや、そんな、そんなことしちゃダメだろう。
なんだか居た堪れない気持ちになって、ほんの少しだけピヨ彦に寄りかかった。ピヨ彦は逃げない。優しさにつけ込んでしまった。でも、でも今日はここまでにしよう。ピヨ彦が冷えてしまうから部屋に戻ろう。太陽が昇っている。

 

12月25日

恋心散弾銃 ジャガとピヨ
ジャガーさんが人差し指を僕に向けて近づいてくる。輪ゴムでも撃たれるのかと思って後ずさると背中が壁につく。指先を見ると輪ゴムは無い。そのまま人差し指を僕の心臓に突き立てた。
「ショットガンって、すばしっこい小動物とか鳥とか獲る時に使うんだけど」
「え、」
「どれか当たればって考えなんだよ、でもさあ、全部撃ち込みたいよなあ」

なんで、わたしだけ ジャガピヨ
「ピヨ彦は小さい頃サンタ来たか?」
「ん?普通におもちゃとか。ジャガーさんは?」
「オレはシャツマンのグッズが欲しかったけど、イカ、うずらの卵、キクラゲとか、8年かけて八宝菜の具材が集まったことがある。なんでオレだけって思った」
「今は何が欲しい?」
ピヨ彦がオレの裸の胸に頬を乗せる。
「別になんもいらないや」

 

12月26日

名前を呼んで ジャガとピヨ
「ジュン市のジュンって漢字だとどう書くの?」
「実写だと潤」
「そういうのじゃなくてさ」
「じゃあどの漢字が似合う?」
「えー…普通に純粋の純とか、でもハヤブサで隼とかもかっこいいよね。
…これさ、【同居を始めたとき】って、ウン十年前のこと書いてもいいのかなあ」
「いいんじゃねえの」

命果てるまで ジャガピヨ
「頼む、ピヨ彦。見逃してくれよ」
「ええ……」
ジャガーさんが部屋の片隅でボウルを抱え込んで座っている。ボウルの中には僕がバイトに行く前に砂抜きをさせていたしじみが沈んでいる。
「こいつらを死なせたくない。オレちゃんと面倒みるから」
結局ジャガーさんはその晩、味噌汁を2杯飲んだ。なんなんだよ。

 

12月27日

幸せの終わり ジャガとピヨ
シンクの端に手をつくと、はぁ、と息が漏れた。終わりだ。終わりだよ。さようなら僕の平凡な人生。さようなら幸せな日々よ。僕は変な人と暮らすことになってしまった。ステンレスから温度が伝って、手が冷えていく。はぁー、今度はさっきよりも深く、肺から空気が逃げてゆく。隣で、すう、と音がした。

逃げるなよ、追いかけたくなるだろ ジャガピヨ
「うわ、なんですかジャガーさん」
ジャガーさんが顔を近づけてくる。
「ため息をつくと幸せが逃げる。捕まえておいたぞ」
僕の頬にふっと息をかけた。
「びっくりした。ピヨ彦も一緒に住みたいって思ってくれてたなんて」
「何の話ですか」
「玄関開ける前、ずっとオレの名前呼んでただろう」
「誤解です」

 

12月28日

縁があったら、また明日 ジャガとピヨ
「どうしたの〜ご飯持ってないよ〜」
足に擦り寄ってきた野良猫を屈んで撫でてやると喉を鳴らした。人懐っこい。自分以外の生き物に触れるのも久しぶりだった。
「ジャガーさん、いつ帰ってくるのかなあ」
次の日、玄関がドンドンと叩かれた。開けると、見慣れた男が立っている。
「昨日撫でてもらった猫です」
「見てたんなら何で声かけないの」

一時休戦 ジャガピヨ
ピヨ彦が大掃除をしている。オレはそれを見ている。えらいなあ、頑張ってるなあ。
「換気扇って洗うの嫌だなあ」
「洗わない人が言わないで」
「それ、しばらく浸けとくのか?」
「うん、1時間くらい」
ふーん、とオレが言うとピヨ彦がちらりとこちらを見る。手を広げてやると抱きついてくる。えらいなあ、頑張ってるなあ。

 

12月29日

…それを、いま言う? ジャガピヨ
「花火…かな」
ジャガーさんに今年やり残したことを聞くと予想外の答えが返ってきた。
「なんで今?」
「夏にやりたかったけど、恥ずかしくて」
「どこが」
「だって浴衣でさあ、隣でしゃがんでさ、パチパチってなる火を見つめて、でもオレはピヨ彦から目が離せなくて、ちゃんと花火みてよって、でも顔は近づいていって、」

こっちの台詞です ジャガとピヨ
オレの具体的な妄想はさておいて、ドンキの片隅に花火はあった。冬の花火は危ないらしいので、タライに水を張った上で線香花火に火をつける。水面に火花が反射してキラキラとする。
「ジャガーさんと一緒だといろんなことができるねえ」
ピヨ彦が笑っている。
「来年もよろしくね」
なんだか妙に恥ずかしくなって、返事の代わりに火花をくっつけた。

 

12月30日

お味はいかが? ジャガとピヨ
「召し上がれ」
「なんか普通に食べれそうなやつ出てきた」
急にジャガーさんが料理を作るというので、不安ながら見守っていた。出てきたのは普通に野菜炒めのような感じで、余っていた食材を使ってくれたらしい。
「えっ、すっごい美味しいよこれ!これ何で炒めてるの?」
「わかんない」
「え?」
「わかんない」

オーバーヒート恋心 ジャガピヨ
観たい映画まで1時間半、喫茶店も座れなさそうなのでカラオケに入った。小さな個室にL字のソファが置かれている。奥に座ると、ピヨ彦が隣に肩を寄せて座った。
「え…、なんで?」
「え?…あ、そうか、そうだよね」
もう一つのソファに座り直そうと立ち上がる。腕を掴んで引き留めてしまう。
「いや、別にいいよ、ここで」

 

12月31日

聞こえなかった告白 ジャガとピヨ
ピヨ彦、と声をかけられる。机に押し付けていた頬が痛い。
「あれ、年明けた?」
「明けた。今」
「ジャンプし損ねたあ」
テレビの中で芸能人が新年を祝っている。それよりもなにか、さっき、
「僕の名前の前、なんか言った?」
「言ってない」
言ってないわけがない。そんなに耳が赤くなるわけがない。

「癒しが欲しい」「俺とかどう?」 ジャガピヨ
ここに寝転がれ、と布団を指差して言う。
「マッサージしてやるから、癒してやるから」
「やだ」
「今年の疲れは来年に持ち越すな」
「なんか痛そうだし、なんかやらしいからいい」
「オレのことなんだと思ってるんだキミは」
「じゃあそういう気持ちは1ミリもないんだね?」
「あるに決まってるだろうが」