2022年10月1日~10日

 

10月1日

あの子が欲しい ジャガとピヨ
欲しいものについて話し合っている。可愛い彼女(そんなんだから彼女できないんだろ)とか、オレのような才能(うーん…)とか、くだらない奴らだなと思う。教室を見渡すと、視界の端に漫画雑誌を枕にしてよだれを垂らしている男が見えた。
「オレはなんかもう、全部手に入れちゃってるからいいかも」

偶然と必然を重ねて ジャガピヨ
スーパーから家まで半分程度歩いたところで、牛乳を買い忘れたことに気がついた。どうしよう、シチューなのに。引き返して買いに戻るか、煮物にしてしまうか。立ち止まっていると、向こうからジャガーさんが歩いてきた。指に1ℓの牛乳を引っ掛けている。レジ袋を断ったのだろう。半分くれるだろうか。

 

10月2日

待て、は得意じゃない ジャガとピヨ
「ピヨ彦、おかえりのハグをしてくれ」
「手洗いうがいのあとね」
「今してくれ」
「あとでね」
「今やれ、一緒に帰ってきたんだから汚さ同じだろうが」
「痛い痛い!」
「ハグしろ!!」
「近い近い壁当たってる当たってる」
「ハグしろ!!!」
「もうしてるもうしてる!!」
「ハグしろよ!!!!」

…それを、いま言う? ジャガピヨ
達して荒くなった息を枕に押し付けて整える。ピヨ彦の身体から退いたジャガーがタオルを掴むと、腹についた色々を拭き取った。2人を倦怠感が包み、ジャガーがもう一度ピヨ彦にのしかかった。
「ピヨ彦…」
「ん、なに、ジャガーさん…」
「キリンの鳴き声知ってるか?モーって鳴くんだぜ、あいつら」

 

10月3日

美しき心中 ジャガとピヨ
密閉空間で百合の花に囲まれて寝ると死ぬと聞いたことがある。真偽のほどは不明だが、甘い匂いに包まれ死ぬのはいいと思った。ガラスケースを眺めているとシフトが終わる。
帰り道、街路樹の隙間から名前を呼ばれる。ジャガーが橙色の花を身体中のあちこちにつけたまま這い出てきた。甘い匂いがした。

シガーキス ジャガピヨ
「警部、…今日も葉巻長いですね」
「吸ってみるか?予備があるんだ」
剣道部みたいな肩掛けの袋から新しい葉巻を取り出す。一本手渡し、ジャガーが後ずさる。剣道の間合いで葉巻の先を擦り合わせた。火がつきかけた時、ジャガーが2歩3歩とすり足で近づいた。
「あっ、ちょっと危な、熱い熱い熱い!」

 

10月4日

眠ってしまおうよ。 ジャガとピヨ
畳の目を数えていると、上から温かいものが覆いかぶさってきた。ピヨ彦がオレを見下ろして笑っている。
「干した、フフ」
鼻を布団に埋める。陽の光の匂いの奥にピヨ彦の匂いが交じる。
「ダメだよこんなことしたら、寝ちゃうだろ」
そう言いながら状態を起こす。しゃがむピヨ彦を丁寧に布団で包み返した。

瞳は雄弁だ、 ジャガピヨ
いつもと違うことがしてみたいと言うジャガーに、されるがままにアイマスクをかけられた。どこを触られるのかわからない。正座の上で握った拳に力が入る。さり、とジャガーの服が擦れる音がした次の瞬間、頬にジャガーの爪が刺さった。
「痛ってえ突き指した」
「なんでジャガーさんも目隠ししてんの!?」

 

10月5日

相手が悪かったね ジャガとピヨ
ピヨ彦がオセロをやろうと言うので付き合ってやる。中盤まで差し掛かって気づく。いつものピヨ彦じゃ、ない。きっと必勝法的なものを読んだのだろう。前よりも確実に強くなっている。このままだとギリギリ競り負けるパターンもある。しかし常に最善を尽くすのがオレだ。オレはピヨ彦をひっくり返した。

欲しいのは、そっちじゃない ジャガピヨ
ジャガーさんがカレンダーを見てアアッと叫んだのでびっくりした。10月って10月か?とボソボソ呟いている。カレンダーから目を離さないまま、欲しいものあるか、と聞かれた。
「…ジャガーさんかな」
次の日、ジャガーさんが粘土を買ってきた。鏡を見ながら捏ねている。それはそれで完成が楽しみだった。

 

10月6日

甘やかしてよ ジャガとピヨ
急にジャガーが腰にへばりついてきて、ピヨ彦は家事ができなくなった。離して、と言うとジャガーは唸りながら、腕の力を緩めないまま、もぞもぞと動いて膝の上に頭を乗せる。
「頭撫でてくれ」
「いいけど……」
「偉いねって言ってくれ」
「ジャガーさん偉いよ」
「笛を吹いてくれ」
「それはちょっと……」

幼馴染、やめたいんだけど ジャガピヨ
「テストどうだった?」
机の上に置いてある問題用紙を見て、ジュンくんが言う。家が隣のこの人は2つ年上なだけなのに、僕のやることすべてに口を挟んでくるのだ。軽音楽部に入りたかった僕を、そんなの馴れ合いだとか音楽は孤独にやれだとか入部届を水浸しにしたりだとかで帰宅部に追いやった。本当は夕方に僕とダラダラする時間が惜しかっただけだと思う。
「んー普通、でも教えてくれた分はできたよ、英語」
「偉いじゃん、冷凍庫にアイスあるから取ってこいよ」
また勝手にうちの冷凍庫を開けて私物を入れている。自分で取りに行くのはなんかなあと思ったが、ご褒美であることには変わりない。冷凍庫を開けると高いアイスが2つ並んでいた。両手に持って、スプーンと一緒に部屋に戻ると、ジュンくんが英語の問題用紙をパラパラとめくっていた。その瞬間、テスト中なんて比にならないくらいに僕の頭が回転して、アイスを放り投げて問題用紙を奪い取った。時間が余った僕は最後のページに自作の歌詞を書いていたのだ。
「ピヨ彦、お前……」
「なに、」
「やっぱ軽音入って、常識とか勉強した方がよかったかも」
「うるさいなあ!」

 

10月7日

酔っぱらいの戯言 ジャガとピヨ
酔っ払いを迎えに来てくれと近くの居酒屋から電話が来た。組んだ肩が重い。
「なんでそんなに飲んじゃったの」
「ピヨ彦に告白しようと思って、そんでどうしようと思って、むしゃくしゃして」
「……」
「なあ、どうしたらオッケーしてくれると思う?」
「…ご飯でも連れて行ったらいいんじゃないの」

来世は他人がいい ジャガピヨ
ハンカチが道に落ちていたので、ガードレールに引っ掛けた。それを見てジャガーが徳積んでんな、と言った。別に警察に届けたわけでもないし、大袈裟だ。
「ピヨ彦は来世も人間かなあ」
「人間じゃなくてもいいから、平穏な暮らしがしたいよ」
「ま、なんにせよピヨ彦はオレを見つけてしまうだろうな」

 

10月8日

うつくしい古傷 ジャガとピヨ
いっそ泣いてくれたほうがましだった ジャガピヨ
キャベツを切っているピヨ彦を肩から覗いている。ピヨ彦の左手、人差し指の付け根に小さな白い引き攣れを見た。これ、何、と言うとピヨ彦がなんでもないように答えた。
「小学生の時、彫刻刀で」
「ふうん」
その晩はお好み焼きで、オレはずっと、ピヨ彦の手にソースをかけて噛んでみたいという薄暗い欲望に支配されていた。

夜、風呂で温められた熱が冷めないうちに布団に入る。先客のピヨ彦は身体をずらして迎え入れた。頬にいくつかキスをすると、ピヨ彦がフフ、と笑ってオレの頬を両手で包んだ。右頬に添えられた左手。視界の端に映るそれを目掛けて、噛み付いた。
「痛っ、痛い痛い」
小さな白い傷を上書きするように、歯型の溝が付いた。ひどいことをしたなという自覚はある。流石に怒るだろう。
「この傷さあ、オレがつけたことになんないか」
ピヨ彦と目が合う。その目に怒りや涙は無く、どちらかというと甘さを湛えていた。こいつも変態だ。そう思った。

 

10月9日

世界の終わりは、幸せで ジャガとピヨ
本屋をうろついていると自己啓発本のコーナーにいた。手を伸ばそうとして止める。
「人生設計」
後ろから声がして、ジャガーが後ろに立っていたことに気づいた。
「何になるんだ」
「わかんないよ」
「明日隕石落ちて来たらどうするんだ」
「知らないよ」
「てか終わる前に月見バーガー食べに行かなきゃ」

君をお買い上げ ジャガピヨ
「今日なに売れた?」
「掃除する棒、300円」
ジャガーがアハハと笑いながら、店先のシャッターを閉める。
「まだ時間じゃないけど」
「こんな変な名前の店誰も来やしねえよ」
レジ締めを始めたピヨ彦に、ジャガーがわざとらしく話しかける。
「ここってぇ〜店員さんを買っちゃうとか〜できますか?」

 

10月10日

春に誘惑、桜に恋を ジャガとピヨ
「これなんの木?」
赤黄色に染まった木の前で、ジャガーが立ち止まる。
「桜じゃない?ちょい待って」
ピヨ彦が携帯の画像フォルダを手繰る。半年前、同じ場所、ジャガーの後ろ姿の写真があり、確かに桜が咲いていた。
「あ、何でそんな写真撮ってんだ」
「いいじゃん、別に」
「オレも次撮るからな」

えっ、俺がハニーなの? ジャガピヨ
マレーシアから「愛してる」とメッセージが来た。酒を飲んでいたので「僕もだよハニー」と返信する。なんだ突然。会いたい。今度は音声通話が来た。
「ピヨ彦!さっきはごめんな、あの、実は、好きな人に告白して誰が一番返信早いかって番組の企画で、優勝した。あとオレの呼び名がハニーになりそう」