2022年10月26日 シガーキス / 君たちの幸せは、悲しいね。

あ、とお互いに声が出た。ガリプロの敷地のギリギリ端っこ、錆びた吸い殻入れのブリキのそばにジャガーがいて、手元からは煙がたなびいていた。バツが悪そうに、ブリキの穴の縁に灰を擦り付けた。
「ジャガーさんて、タバコ吸うんだ」
「いや、別に、たまに」
薄茶けた外壁に背中をずりずりと沿わせながら、ジャガーがしゃがみこむ。尖った砂利が敷き詰められた地面が視界を占めた後、そこにピヨ彦のスニーカーが現れた。
「管楽器って、肺とか大事にした方がいいんじゃないの」
「……月に1回吸うか吸わないかだから」
「じゃあなんで吸ってるの」
別に、とまた言ったジャガーが何か言いたがっている気がして、ピヨ彦も隣で同じようにしゃがんだ。横顔を見つめ続けた。表情のない目をしていても、こういうことがわかるくらいには隣にいるつもりだった。
「……寂しい時だけ吸ってる」
「あるんだ、寂しい時」
「本当の親との記憶がない」
親父もお袋も本当にいい人だし、不自由だったことはない。でも、ピヨ彦の実家に行ったりすると、小さい頃の写真とか何枚もあって、ちゃんととってあって、いや、羨ましいってことではないんだけど。ジャガーがそう言って、ほんの少し口を尖らせている。黙ってしまったジャガーの口を、指で挟む。んだよ、とくぐもった声でジャガーが言った。指を噛まれる。痛くはない。手を引っ込めて、頬杖をついた。
「カメラ欲しいな」
「……なんで」
「ジャガーさんのこと、これから撮りたいから」
「オレも撮りたい、ピヨ彦の遺影」
「なんでそんな不吉なこというの」
「最新の一番の笑顔を撮りたいってことだよ、わかんねえのか」
「わかんないよ」
「なんか腹減ったからメシ食って帰ろうぜ」
砂利がざりざりと2人分の足音を立てる。振り向くと吸い殻入れがひっそりと、ぽつんと立っていた。
「僕もさあ、再来年にはタバコ吸えるよ」
「吸わなくていいよ、管楽器は肺が大事なんだ」
「笛吹かないよ。……寂しい時とか、あるんだったら、いや、僕だってそういう時あるだろうし、そういう時にさあ、火、分けてよ」
ジャガーがポケットに手を突っ込みながら、やっぱり長生きしようかな、と言った。