2022年11月1日~10日

 

11月1日

負けてたまるか ジャガとピヨ
カレンダーを捲ると、残りのページ数がなんとも頼りなくなっている。
「今年、もうあと2ヶ月しかないよ、早いねえ」
「オレの方が早い」
「え?」
寝転がるジャガーは明らかにだらだらとしている。
「オレはもう来年を見据えて色々考えてる」
「例えば」
「ピヨ彦へのホワイトデーのお返しとか」
「貰える前提」

忘れてなかったら、 ジャガピヨ
布団の中で爪先が当たって、ジャガーが脛を引っ込めた。
「ごめん」
「切れよ、爪」
「つい忘れちゃって」
「切ってやろうか」
ずるり、と布団から這い出る。爪切りを探している。
「今?いいよ、夜に切るとなんか縁起悪いんだよ」
「なんで」
「親の死に目に会えないっていうんだよ」
「親?の死に目?フフ、オレはもういいよ。ほら、足出しな」
布団をめくられて、外気に触れてひやりとする。ピヨ彦はだるそうに上体を起こして指先を眺めた。細長い指が足の甲を握る。足首に力が入ったのを見て、ジャガーは「擽ったりしねえよ」と言った。
「いい、自分でやるから」
ジャガーは何も答えずに、爪切りを持つ逆の手で、足の指と恋人繋ぎをするようにして固定する。刃を親指の肉に少しだけ押しつけた後、ぱち、と言う音が部屋に響いた。爪切りとはいえ刃物だ。緊張する。手はやけに温かくて優しかった。ぱち、と音がするたびに指先がほんの少しだけ震える。握られて触れている皮膚が湿度を増していく。高圧的な男が跪いて世話を焼いてくれているのが、なんとなくアンバランスで内臓がうねるような居心地の悪い感じがした。
「次も切らせてよ」
「……忘れて自分で切るかも」
「手は?」
「手は、切ってる」
「あー、そうだよな」
目を逸らして、左手だけ深爪になっている自分の手を見る。
「オレも爪短くしてる、ホラ」
指を5本仕上げて、足が解放される。ジャガーが手の指先を見せてきた。
「笛は、爪関係ないでしょう」
ジャガーがもう片足に同じように指を絡めた。
「別の楽器を演奏するのに必要なもんでね」
はあ?と口を開くと、ジャガーの親指が足の裏を撫でて、突然の刺激に足を引っ込めた。
「さっき擽んないって言った!」
「擽ってない」
「じゃあ何、」
「前戯」

 

11月2日

ラブソングを歌うよ ジャガピヨ
駄目にならない程度でお願いします。 ジャガとピヨ
気づけば秋も更けていて、夜になっても虫の鳴く声がしなくなった。ピヨ彦は窓の外からよく聴こえていた、ざらついた磁器に金属を擦り合わせたような音に思いを馳せる。触れた窓ガラスがヒヤリと冷たくて、手を離すと指の形の周りに白いもやがかかった。みんな死んだのだろうか。鈴虫の雄は交尾をすると死ぬ。羽化した時には4枚ある翅は、飛ぶためのものをわざわざ落として、音を奏でるための2枚の翅だけが残る。そして飛ばずに死ぬ。子孫を残すためだけに生きている、その薄暗さを愛とか言う綺麗な音で塗りこめている。

愛は生き物を馬鹿にする。

ピヨ彦にはその自覚があった。暗い窓ガラスに反射して、後ろで踊り狂っている男がいる。畳のざりざりいう音と、手を叩く音が部屋の中に充満している。あまりの必死さに、呆れるよりも面白さというか、愛おしさが勝っていく。その男の足の長さだとか、手の甲に浮く筋だとか、そういうものがどうしてもピヨ彦は好きだった。
「どうしたの、なんなのそれ、さっきから」
「やっとこっち向いた!」
夜を眺めていた目に、笑顔がやけに眩しく思えた。鈴虫たちとは逆に、子孫を残さない生命力を愛が覆い隠していた。鈴虫よりも程度が低いだろうか。駄目だろうか。でも死ぬより全然いい。生きる男の手を取ると、汗ばんで熱かった。

 

11月3日

甘やかしてよ ジャガとピヨ
ピヨ彦、と呼ばれて振り向くとジャガーが陶器屋の前に佇んでいた。手には薄黄色のマグカップが握られている。
「これが似合う」
「そうかなあ」
かわいいね、と言うとジャガーが安心したように店の奥へ進む。
「えっ、なんで買うの」
「いいから」
「うちカップあるよ」
「ない」
「は?」
「さっき割った」

その靴を脱ぎ捨てて ジャガピヨ
焦るように靴を脱ぎ捨てると、乱雑に放った。スリッパに目もくれず、近くのドアを開ける。トイレだ。すぐ閉じる。足早に部屋へ向かう後姿を見て、ピヨ彦はトトロの家中を探検するシーンを思い出していた。部屋に入るともう風呂にお湯を入れる音がする。あと115分ある。焦ることはないのに、とピヨ彦は思った。

 

11月4日

そろそろ気付いてよ ジャガとピヨ
最近気分がいい。そこら辺を歩くたびに、昼寝から起きるたびに、なんとなく清々しい。それはピヨ彦を抱きしめた時も同じだった。
「なんか変えた?」
「何が?」
「いい匂いするから」
「柔軟剤かなあ、前に薬局でジャガーさんが気に入ってたやつだよ」
「え?嬉しいな、そういうのすぐ気づく方だから、オレ」
「先月変えたよ」

オオカミさんの味見 ジャガピヨ
ハミィという赤い頭巾のロボットがいました。小さな花束を買って、おばあちゃんに会いに行きます。すると、オオカミに出会いました。
「花屋、今日誰がいた?」
「お兄さんが1人だけだったよ」
「そう、気をつけてな」
オオカミは街に向かったようでした。おばあちゃんは元気でした。次の日、花屋さんは腰を痛めたらしく休みました。

 

11月5日

本気にしないよ、それでいい? ジャガとピヨ
共犯者 ジャガピヨ
こちらから

 

11月6日

逃げるなよ、追いかけたくなるだろ ジャガとピヨ
砂漠のそばにある市場で、砂と香油を売っている。これが結構いい商売なのだ。笛で惹きつけて、香油を売る。ついでに無意味に砂袋を背負わせて、客がヨタヨタと歩くのは面白かった。
「本当に油売ってるじゃん」
「砂もあります」
ボーっとしていたオレは、かけられた言葉が日本語なのに遅れて気づいた。

怒るけど、嫌わないから大丈夫 ジャガピヨ
あーあ、という呆れたような声で目が覚める。ピヨ彦が台所で鏡を見ている。心当たりがあるオレは、押し入れまで転がって、薬箱を開けた。
「見えるところ噛まないでよ」
適当な湿布を手に取って、ピヨ彦に近づく。首に貼ってやる。
「もう噛まないよ」
「見えないとこにしてって言ってんの」
「噛むのはいいのかよ」

 

11月7日

泣けない子 ジャガとピヨ
遺品を片付けるから付いてきてくれと言ったジャガーの顔はいつも通りだった。いいよ、と返事をしたピヨ彦を連れて、電車は時刻通りに着いた。変な墓参りをした山の麓、豊かな木々に包まれて家はあった。
整頓された、でも少しだけ埃を被ったリビングの真ん中に、近くのスーパーで貰ってきた段ボールの束を置く。何も入っていない花瓶が置かれた机も、その傍にある2人がけのソファも、木が深い色をして優しかった。しゃがんで段ボールを組み立てる。机の脚の付け根に、色褪せたシャツマンのシールがあった。
「いろいろ売って、焼き肉食おう」
「いいの、それで」
棚に詰められた本を端から引き抜く。ジャガーがタン、と言った。手は止まらず、次の本を何冊かまとめて掴む。ハラミ。本に積もった埃がジャガーの周りを白く染める。カルビ。
パンダ、ウサギ、コアラのリズムで肉の名前を呟きながら、本棚がぽっかりと開いていく。代わりに段ボールが埋まっていって、それを眺めていたピヨ彦は尻ポケットに突っ込んでいた軍手の存在を思い出した。
「ジャガーさん、軍手する?」
「冷麺」
ジャガーの手が止まる。本棚に一際大きく、分厚い冊子があった。背表紙の中に銀色の金具が光っていて、白くて厚い紙が行儀よく揃っていた。ジャガーの手にピヨ彦の手が重なる、冊子を引き抜く。
「ジャガーさん、」
「……」
「こっち来て」
2人がけのソファに座ると、ジャガーも隣に大人しく座った。引き寄せると、簡単に背中が丸まって、頭がピヨ彦の顎下に収まった。膝の上でアルバムを開く。
「この頃って心霊写真じゃないんだ」
「……」
「かわいいね、小さい時のジャガーさん」
「オレはいつだってかわいいんだ」

その色は誰の色? ジャガピヨ
高校のジャージが変な色だった。一つ上の代は紺、一つ下の代は臙脂だったのに僕の学年は変な土のような黄色だった。ハズレ年だと同級生が言っていた。その色に出会うことはもう一生ないと思っていたら、家に帰るとそのジャージが団子を食べていた。
おかえり、と言う男の胸に「酒留」の刺繍がぎらりと光った。

 

11月8日

結局は、君に辿り着く。 ジャガとピヨ
かに座、12位。別に気にするわけではないが、偶然見た占いでこれだと気になる。困った時には年上の知り合いを頼りましょう。年上、年上ね、ピヨ彦聞いてるか?隣で机に頬を乗せている。恋愛運、少し変わったデートが2人の距離を近づける。登山などのいつもと違うデートを、うん、ピヨ彦聞いてるか?

この日実際にかに座が12位で、ラッキーアイテムがごぼうだったのがちょっと面白かったです。

これだから酔っ払いは! ジャガピヨ
たまに帰ってきては酒を飲んで、笑って泣いて怒って暴れている。忙しい人だと思う。僕は一緒に少しだけ飲むが、大体は介抱をしている。好きだ好きだと喚くジャガーさんを引っ剥がしてトイレに連れて行く。背中をさする。翌朝頭が痛いと呻くので水を飲ませてやる。何も覚えてないくせに。
「全部覚えてるぜ」

 

11月9日

相手が悪かったね ジャガとピヨ
「ピヨ彦、にらめっこしよ」
大の大人がそんなことをするくらい暇な午後に、畳の上で向かい合った。膝を突き合わせて、すう、と息を吸う。
「にー」
「ンッ、ぐっ、フフ、ちょっと待って」
「ジャガーさん」
「フフ、ッ、ハハっ」
「まだ始まってない」
「ごめん、なんかもう、ピヨ彦の顔面白くて」

覚悟はあるか ジャガピヨ
バスを降りると遠くでごう、という音がした。大きなリュックを背負うと縮こまった背中が音を立てた。
「今ならまだ引き返せるけど」
ジャガーが言う。横目で見て、出発と書かれた自動ドアをくぐる。手荷物検査のベルトにリュックを乗せる。
「今ならまだ、」
搭乗口へ向かう。
「今なら、」
「うるさいなあ、もう」

 

11月10日

強い人 ジャガとピヨ
夜遅く帰ってくると、既に布団が敷かれていて一つ山ができていた。電気はつけないまま隣に座る。少し開いた口からすうすうと音がしている。ふと、ピヨ彦がいなくなったらどうしようと思った。今日、こいつは一日何をしていたのだろう。オレの知らないピヨ彦。いつの間にか目が開いている。衣擦れの音と共にこちらに手が伸びてくる。膝を擦りながら、おかえり、と言った。

そろそろ気付いてよ ジャガピヨ
木曜の夜に限ってはピヨ彦が布団に来る。なんだなんだ積極的だなあ、いいことだ。終わった後にいろいろ染み込んだティッシュをゴミ箱に投げる。外れる。舌打ちをして布団から這い出ると、ピヨ彦が「袋の口閉じて玄関に置いといて」と言った。はいはい、金曜は燃えるゴミか。いつもこのやりとりをしている気がした。