8月21日
いっそ泣いてくれたほうがましだった ジャガとピヨ
ギターの弦をニッパーで切った。バツンと音が鳴って、ギターが怒ったようにはじけて、弦が腕にあたって赤い線ができた。
ピヨ彦が帰ってきた。怒るだろうか。泣くだろうか。つい、勝手に弦が切れた、と言ってしまった。
「いいよ、弦は張り替えれば済むだけだし。
それより、手痛くない?大丈夫?」
痴話喧嘩は他所でやれ ジャガピヨ
2人が喧嘩をしている。カレーということで夕飯の席にお呼ばれした拙者は大変気まずい思いをしている。ジャガー殿が拙者に延々と話しかけてくる。普段とは大違いだ。
ピヨちゃんがグッとジャガー殿の腕を掴んで振り向かせた。
「なんで、こっち見ないの」
あの、拙者もう上、帰るから、後は頑張って…。
8月22日
チョコとかパフェとか、愛とか ジャガとピヨ
ハンバーグを食べ終わり、メニューを引っ張り出して眺める。チョコのパフェにしようか迷う。ジャガーさんは、よくそんなのが食えるな、という顔をする。
「そういうのはもう見るだけでいいわ、重い、生クリームとか」
「そんなに重いかな」
「オレの愛くらい重いね」
「まあそのくらいならペロリだね」
時々、面倒くさいけど。 ジャガピヨ
「ピヨ彦は面倒なやつだな、洗濯物もろくに畳めないし、たまに箒で掃いてくるし、食べたいおにぎりの中身は被るし、キスしないと拗ねるし」
「いや、そもそも洗濯してるの僕だし、掃除してる時にどかない方が悪いし、おにぎりは何が面倒なのか知らないけど、顔近づけて寸止めしてるのはそっちじゃん」
8月23日
キミ専用口説き文句 ジャガとピヨ
また恋愛相談に乗っているが、そもそもこの人は経験があるのだろうか。教卓の上で偉そうに足を組んでいる。
「押すときは押す、でも引くときは引かなきゃ。笛を吹いてほしいのに吹いてもらえない、そんな時には『吹かなきゃいいだろ、勝手にしろ』って…そうしたらピヨ彦は落ちたぜ」
「落ちてないよ」
駄目にならない程度でお願いします。 ジャガピヨ
ピヨ彦が帰ると、ジャガーが机の前で油性ペンを持ちながらウンウン唸っていた。ピヨ彦の白いシャツが無惨な姿に変わっている。真っ黒に見えたそれはよく見ると、おびただしい数のハートが書かれているのだった。
「ピヨ彦のシャツにワンポイント入れようと思ったら、止まんなくなっちゃった」
「最悪」
8月24日
キミ専用口説き文句 ジャガピヨ
「ジャガーさんて、背高いよね、指とかもすらっとしてるし」
「まあそれは持って生まれたもんだから、親に感謝だな」
「笛の演奏も上手いし」
「まあオレレベルだと上手くて当たり前だから」
「髪型もかっこいいし」
「まあ、髪は…え?髪!?カッコイイ?えっそうかなあ〜お揃いにする!?」
「やだ」
結局は、君に辿り着く。 ジャガとピヨ
嫌な夢を見た。ただ一人この部屋で、帰ってくる人もなく、生活している夢だった。額や服がじわりと濡れている。
隣を見るともうひと組、布団の山が呼吸をしていた。寝返りを打ち、隣へ手を伸ばす。
汗が冷えていく。もう一度眠れるだろうか。目を閉じる。
ふいに手を掴まれた。
「大丈夫だよ、大丈夫」
8月25日
こっちの台詞です ジャガとピヨ
ガリ寮の電話が鳴る時は、相手は限られている。特にこんな夜中にかかってくるのは、韓国からの国際電話だ。1コールで取った。
「電話出るの早くない?寂しがりやだなあ〜ピヨ彦」
「…エビの養殖はどう、上手くいってるの」
「そろそろ辞める。全部にピヨ彦って名前つけてたら、売りたくなくなった」
忘れてなかったら、 ジャガピヨ
べたべたする色々をティッシュで拭い去って、2人で身体を布団に沈める。横を見るとボトルの底、透明な液体が残り少なくなっていた。
「買いに行かないとな」
「ドラッグストアっていざ行くと買うもの忘れちゃうんだよね、シャンプーも残り少ないし明日行く」
「腕にでもメモ書いとけよ、ぬるぬるって」
8月26日
もう顔も思い出せない ジャガとピヨ
幅の狭い講義机の間で、以前より随分大きくなったピヨ彦の背中にジャガーがへばりついている。
「マジでピヨ彦が無事でよかったよ、筋肉もついたし」
「いや本当に、不動くんがいなかったらどうなってたことか…」
「しゃっくなあ…アイツ、元気でやってるかなあ…」
「先生、あの、います、僕ここに」
キミ専用口説き文句 ジャガピヨ
今日もふえ科は適当に、思い思いに時間をふいにしている。ピヨ彦は教室を出て、突き当たりのトイレまで向かった。足音が多い。後ろを見ると、ジャガーがこちらに向かって歩いてきている。
「どうしたの?」
「いや、ついてきただけ」
「なんで?」
「だってオレ、ピヨ彦がいないとつまんないんだもん」
8月27日
そんな顔して言われましても、 ジャガとピヨ
「ただいま、ピヨ彦。これやる」
帰ってきたジャガーが靴を脱ぐより先に、物を投げてくる。
小さい紺色の、ビロード張りの箱だった。上下に開くのか、溝と蝶番がある。
ジャガーがいやにカッコつけた顔をしてこちらを見ていた。
箱の中身は金色の、3cmほどの笛だった。
「わかるよな?」
いや全然…。
チョコとかパフェとか、愛とか ジャガピヨ
なんとなく流していた海外ドラマで、主人公が恋人のことをカップケーキと呼んだ。
「なに、さっきの、カップケーキって」
「あぁ、なんか海外だと、恋人のことを甘いものに例えて呼んだりするんだよ」
ジャガーがピヨ彦の指先を触る。目が合う。
「芋けんぴ」
「チョイスどうにかしたほうがいいよ」
8月28日
鎖骨に咲いた赤 ジャガとピヨ
如意笛がピヨ彦の鎖骨あたりに刺さってしまい、赤い跡ができた。
「うわ、場所的に勘違いされるやつじゃん」
「ごめん、絆創膏貼る?」
「逆に意味深で嫌だよ」
ジャージのジッパーを首まで締める作戦にしたらしい。暑そうだった。
「もう、キスマークですってことにすれば?」
「いやどういうこと?」
どっちが、 ジャガピヨ
「ピヨ彦、おやつあげる。どっちがいい」
そう言いながらジャガーがピヨ彦の眼前にグーを2つ出す。左を選ぶと落花生が手渡された。
「もう片方は何が入ってたの?」
「エッチな薬」
落花生がピヨ彦の手から落ちて、沈黙が2人を包んだ。
「うーそ、煮豆!ホラ」
「煮豆を直で握りしめてるのもヤバいよ」
8月29日
AM 3:00 ジャガとピヨ
眠れない。当たり前だ、慣れない部屋で、変な人と一緒に住むことになって、そりゃ緊張もする。水を一杯飲もうと思って布団を抜け出すと、ピヨ彦、と話しかけられた。
「これからやっていけそう?」
僕と同じで、緊張して眠れなくて、同居人に話しかけちゃうような人なら、多分大丈夫です。そう答えた。
お代はキスでいいよ ジャガピヨ
大好きなアーティストのサイン入りCDが当たるということで、ピヨ彦が雑誌の懸賞用にハガキを買ってきた。丁寧に、何枚も書くのは割と大変そうだった。隣でそれを眺めている。
「オレも書いてやろうか」
「ほんと!?ありがとうジャガーさん」
「お代はキスでいいぜ」
10回キスされた。10枚書かされた。
8月30日
覚えてもいないくせに ジャガとピヨ
ガリプロに行く前に、なんとなくコンビニに寄るのが習慣づいている。お菓子を適当に選んでいると、赤い頭が雑誌コーナーに留まっているのが見えた。
「ピヨ彦、オレは気づいてしまった」
「どうしたの」
「お前がいつも買ってる漫画…、月曜に新しいのが出てる確率が…高い!」
「週刊って知ってる?」
遺言ですよ? ジャガピヨ
街中にハロウィンの装飾が増えはじめた。オバケの飾りを見て、ジャガーが言った。
「そういえば、親父が式挙げるんならお盆にしてって言ってた」
「挙げないけど、なんでお盆?」
「きゅうりで帰って来れるから」
「帰ってこれるんだ」
「で、早めに日程教えろって、渋滞するから」
「きゅうりが渋滞」
8月31日
君をお買い上げ ジャガとピヨ
雑貨屋を冷やかしていると、ジャガーの手にいつの間にかひよこの形の一輪挿しが握られていた。頭に穴が開いている。誰が買うんだこれ、と思った。
「これ買って…」
「何に使うの」
「歯ブラシ立てようぜ、これに」
レジに向かったジャガーが、ピヨ彦2号、と呟くのをピヨ彦は聞かなかったふりをした。
世界の終わりは、幸せで ジャガピヨ
「世界最後の日に何を食べたいかって話だよ」
「突然なに?」
「オレはカレー、店じゃなくて家で食べるやつ」
「でもそれって僕が世界最後の日にご飯炊いてカレーを作る前提で言ってるよね」
「そうだよ」
「当然のように言うね」
「ピヨ彦は何がいい、世界最後の日」
「まあ別に僕もカレーでいいよ」