「ピヨ彦お願い、お願いだからオレの前以外で酒飲まないで」
オレの首元にある顔に切実に語りかける。首に回された腕にぐいと力が込められる。頬に口が押し付けられて、くぐもった声が響く。
「なんでえ?」
胡座をかいたオレの足の上に横座りして、ピヨ彦が抱きついているのだ。酒を飲んだ時だけベタベタ引っ付いてくるこいつに、オレは毎度頭を悩まされている。なんでも、なんでもだ。そう答えるとまた不満そうに肩口に頭を預けてくる。ギリギリのところで理性を保っている。誰か助けてくれ。いや、こんなピヨ彦は誰も見ないでくれ。
どうしよっかなあ、と言うピヨ彦。頼む、頼むよ。唸り声を上げるピヨ彦のまつ毛が首筋にあたってこそばゆい。
「ジャガーさん、好きって言って」
「あ?」
「言って」
なにをそんな当然のことを、と思ったがそれくらいのことならしてやれる。
「好きだよ、ピヨ彦」
「もっと」
「好き、ピヨ彦、好きだ」
「愛してるも言って」
「……愛してるよ、だからお酒飲まないで」
次の日、ピヨ彦は二日酔いでぐったりとしながら空港に行くオレを見送った。後ろ髪を引かれる思いだったが、仕事は仕方ない。たまにする電話で忍び難きを耐え忍び、なんとかやり過ごしてきた。
そして今日、また日本に戻ってきた。空港の到着ゲートに見慣れた面々が並ぶ。ハマー、高菜くん、しゃっく。ピヨ彦はいない。呼んでいないから。適当な喫茶店に入って、お土産を配る。
「今日、ピヨ彦さんに黙って来てくれって、どうしたんですか先生?」
「や、ちょっと聞きたいことがあって……あのさ、みんなピヨ彦と飯食ったりするか?」
「うん、たまに行くよ。みんなタイミングが合ったときとか」
「拙者がパチスロでたま〜に勝った時とか、そのたま〜に勝った分がちょうど無くなるくらいに飲むでござるな」
アッハッハ、と口を揃えて言う。人の気も知らないで。
「そういう時って、ピヨ彦って、酒飲む?」
3人が顔を見合わせる。
「飲むでござるYO」
は?
震え出したオレを見て、3人が慌て出す。
「大丈夫ですか!?先生」
「大丈夫じゃねえよ、お前らアレどうしてんだよ」
「アレってなんですか?」
ピヨ彦の酒癖だよ、酒癖。オレがそう言うと、また3人が顔を見合わせた。
「別に普通じゃない?」
「ちょっと機嫌が良くなるくらいで……」
「水もわりと飲んでるYO」
「自分の酒量わかってる感じだよねえ」
はあ?
その夕方、オレはガリ寮に帰った。突然帰ってきたオレに驚いていたが、嬉しそうに迎えるピヨ彦に絆されそうになる。いかんいかん、気を引き締めないと。手に持った酒瓶をぐっと握る。
夕飯を食べ終えて、グラスに酒瓶の中身を注いでピヨ彦に飲ませる。
「……これ、どういうお酒?」
「マレーシアのやつ。日本酒とはちょっと違うだろ。飲みやすいけど結構度数あるから気をつけろ」
出来上がった。ピヨ彦の腕が腰に巻き付いて、頭はオレの太腿にぐりぐりと押し付けられている。
「ジャガーさん、なんで今日呼んでくれなかったの、迎えに行ったのに」
寂しかった、僕。そういうピヨ彦の頭を撫でてやると、手にチュッと口をつけて、でも帰ってきてくれて嬉しい、と続けた。
「ちょっと野暮用でね。ピヨ彦、あれから酒飲んでないか?」
「飲んでないよ」
そうだよなあ、こんなになっちゃうんだもんなあ、ポカリで。
オレの腹に顔を擦り付けていたピヨ彦の動きが止まる。
「何て?」
「ポカリ」
「何が?」
「これの中身。マレーシアの酒、うそ」
ピヨ彦が目だけでこちらを向く。続いて空を見つめる。考えてる、こいつ。
「雰囲気で酔っちゃったのかも」
「今日ふえ科に聞いたけど、お前普通に酒飲んでるってな」
ピヨ彦が起き上がる。机に肘をついて、ふうー、と長く息を吐いた。
「なにしてんの」
「お前だよ」
「人をさあ、こんな騙してさあ」
「お前だって嘘ついてんだろ」
「……怒んないでよ」
「怒ってない。オレ以外の人にベタベタされると困るだけ。してないんならいい。なんでオレだけにそんなことしてんのかは気になる」
さっきとは逆に、すう、と長く息を吸うピヨ彦。
「駆け引きだよ、駆け引き。僕だってさあ、黙っちゃいるけど不安になることだってあるよ。そういう時にさあ、ちょっとくらい甘えたっていいじゃんか。そういうのが恋じゃんか」
普通にやれよ。お前普通なんだから。ピヨ彦に詰め寄ると、どうしたら許してくれるの、と鳴いた。じゃあ、シラフで好きって言ってもらいましょうか。ピヨ彦くん。