ズンズンと響く重低音が身体を揺らす。タイプのDJの出番が終わったタイミングで酒もちょうど無くなり、追加を頼みにカウンターへ歩く。もう何杯飲んだかは覚えていない。身体を倦怠感と浮揚感が包んでいる。次の一杯で終わりにして、今日は帰ろうか。ステージから離れた一番後ろ、部屋の隅にいる男が目についた。全然楽しそうじゃないし誰とも話していない。イモっぽい。猫系っぽくもある。ステージをぼんやり眺めている。気になる。全然タイプでは無い。こんな時に学生時代にクラス長だった時の自分が出てくるなんて。声をかけずに帰ったら寝る前に思い出しそうだ。彼が飲んでいるのと同じスミノフを片手に、じわじわと距離を詰める。
「こんばんは」
「あっ、どうも……」
雰囲気は柔らかいが、警戒されているのがよくわかる。仲良くおしゃべりしたいという感じではなさそうだ。
「ごめんね、楽しくなさそうだから気になって、話しかけちゃった」
「すみません……こういうとこ初めてなんで」
「緊張してる?」
「はい、音楽が好きなんで、いけるかと思ったんですけど」
「男は?」
目がバシッと合った後、気まずそうにすぐに逸らした。彼は酒を口に持っていくが、口を湿らせるだけでほとんど飲んでいないようだった。
「……付き合っ……てる人は、男の人です、けど」
「けど?」
「振られちゃったかもしれないんです」
傷心でクラブデビューねえ。まあ若いならそういうこともあるか。童顔だなあ、この人。振られちゃった、かもしれないってなんだ?そのまま聞いてみる。
「海外で働いてる人で、正月こっちに帰ってきてたんですけど。今朝起きたら荷物だけ無くなってて、今までそんな出て行き方されたことなくて」
声が震えている。泣かせてしまったかと思ったが、泣いていない。泣いてたら肩とか抱いてたかもしれない。危ない。
「ちょっと有名な人だから、僕と釣り合わなくなったのかも。でもこんな年始に振ることないじゃないですか。夏とかがよかった。捨てられるなら」
「大丈夫ですって。連絡とかはしてみました?」
「連絡先知らないんです」
気まずい。それって付き合ってるのかなあ。変な人だ。タイプじゃないのに印象づいて可愛く見えてきてしまっている。いやそんな、付け込みたくはないし、もう帰ろう。駅まで送ろう。ちょっと連絡先だけ聞いて終わりにしよう。
あてつけで来ちゃったんですけど、話聞いてもらえてよかったです。そういう彼に、どうやって帰るんですか?JR?と聞きながら、スマホを開く。なぜか乗り換えアプリではなくウェブブラウザをタップしてしまった。ニュースサイトに、見慣れた名前の載った記事があった。あっ、と声を出すと、彼がこちらを見た。フフッと吹き出してしまったのを不思議そうに見ている。
「ジャガージュン市って知ってますか?」
「えっ」
「マレーシアで芸人やってて、俺たまに動画サイトで見てるんですけど」
「……知ってます」
「知ってる!?珍しいなあ……。その人が今ニュースのトピックスに載ってて」
「何やったんですか、ジャガーさん」
「なんか番組の収録に遅刻したんですって、日本からマレーシアに行く飛行機の日付間違えてて」
「…………」
「悠々と番組に登場した上、日本にいる恋人に公開プロポーズしたって」
「……………………」
彼が額に手をあてたまま動かなくなってしまった。酔いが回ったのかな、瓶に酒は残ったままだけど。