2月11日
眠ってしまおうよ。 ジャガとピヨ
ピヨ彦がもぞもぞと寝返りを打つのをかれこれ2時間ほど眺めている。流石にオレもぼうっとしてきた。でもまだ寝たくないような、不思議な感じだ。静かな夜だ。突然ピヨ彦が「水道代」と言った。リアルな寝言だ。水道代じゃなくてオレの夢を見てくれ。机の上に封筒がある。今から払いに行っちまおうかな。
恋心散弾銃 ジャガピヨ
銃口は常に僕に向けられていて、引き金には指がかけられている。筋張った長い手、指、長くてまっすぐな足、僕にだけやたら優しい仕草、声。すっかり抱きすくめられてしまった僕が振り向くと、やたらまつ毛の長いバシバシした目と視線が合った。撃たれた、と思った。
「自分から当たりにきたくせになあ」
2月12日
心臓が痛い ジャガとピヨ
もしもし、親父?うん、僕だけど…。今日の午後からの店番行けないから、よろしく。あ、サヤカちゃん来るんだ…うん、でも…。あぁ、なんかジャガーさんが調子悪いみたいで、看病しないと。いや、風邪…じゃないみたい。熱もないし。ジャガーさん、どこが痛いんだっけ?胸?こういう時って病院連れてった方がいいのかなあ。
酔っぱらいの戯言 ジャガピヨ
またこたつで寝ている。何度言っても聞かないな。オレをほったらかして、何をされても文句は言えない。呑気に眠るピヨ彦に顔を近づける。頬、耳、髪の毛、順番に匂いを嗅いでいく。猫にまたたび、オレにピヨ彦。頭ん中がうっすらピンク色に染まっていく。堪んねえな、と思ったら、突然ピヨ彦が目を開いて口が重なった。
2月13日
飼い犬に手を噛まれる ジャガとピヨ
「余計なことしないでって言ったよね」
「人生に余計なことなんてひとつもないだろう」
余計なことばかりする。ピヨひこ堂に来たサヤカちゃんに突然握手を求めたかと思えば「オレたち、ライバルだな」なんて言ったのだ。
「変なとこでふざけるのやめてよ」
「ふざけてない」
「え?」
「だって本当だもん」
オーバーヒート恋心 ジャガピヨ
ごつ、とバスの窓に頭をぶつけて3回目。たまらず肩を抱き寄せる。
「ピヨ彦、こっちに寄りかかりな」
マフラーをピヨ彦の肩に引っ掛けて固定する。だんだん体重がかかってくる。柔らかい頬、別に長くはない睫毛の先が、ほんの少しだけ夕焼けに染まる。サイネージに映る、行ったことのない終点の車庫の名前が誘っている。
2月14日
その色は誰の色? ジャガとピヨ
口説き落としてみせる、って ジャガピヨ
店先に見慣れた赤い髪のひとが現れた。
「これ何、今日バレンタインだから?」
「うん、ミニブーケが多めに作ってあるよ。僕もちょっと手伝ってる」
ふーん、とジャガーさんが言う。
「店員さんのおすすめってどれですか?」
急に敬語になった。ごっこ遊びだな。うーん、そうですね。
「お相手の雰囲気にもよりますね。普段の服装のお好みとか」
「今日は青いシャツ着てますね。わりと無難な感じの」
「……服じゃなくても、雰囲気とかでも」
「ぴよぴよしてます」
「……ご自分で選ばれるのが、一番嬉しいと思いますよ」
う〜んと大袈裟に悩みながら、ジャガーさんが花を眺める。しばらくして、ピンクとか黄色とかぽわぽわしたものを選び取った。
「これにしまーす」
「リボンの色が選べますけどぉ」
「あ、じゃあ青にしてくださーい」
サテンのリボンを取り出して、ブーケの根元に巻きつける。ジャガーさんが懐から小銭をじゃらじゃらと取り出してトレイに置いた。
「メッセージカードとか付けられます?」
「無料でありますよ、名刺サイズですけど」
レジ台の隙間で、ジャガーさんがカードにペンを走らせる。カードいっぱいに「ジャガー」と書いた。メッセージは?
ジャガーさんがそのカードをブーケに刺して、出て行こうとする。
「いやジャガーさん、花、持ってかないと」
引き止める僕に向かって、キザな感じで指を指す。
「それ、オレの連絡先」
いや知ってるよ。
2月15日
グラスにうつった真実 ジャガピヨ
ジャガーと久しぶりに会う喫茶店。パチ、とガムシロップの端を折りながら聞く。
「それで、今日はどうしたの?話って何?」
「ああ、オレもそろそろ身を固めようと思って」
アイスコーヒーにガムシロップが溶けていく。掴もうと思ったストローが逃げていく。指が震える。やっとの思いで持ったコーヒーの水面が波立っている。
「新手の誘い文句ですか?」 ジャガとピヨ
混ざっていないコーヒーが異様に甘い。喉ばかり乾いていく。机に置いたグラスは大きな音をたてた。
「僕、僕はさあ、ジャガーさんが他の誰かとなんて、嫌だよ、ジャ、ジャガーさんもさあ、そうじゃないの」
グラスの水滴で濡れた手が冷たい。力のこもった指先に温かい手が触れた。視線が合う。
「そうだけど?」
2月16日
見逃すつもりもないけれど ジャガとピヨ
いつも意味のわからないことばかりするが今日に至っては本当に謎だ。リラックスタイムであるはずの風呂を、風呂椅子に座ったジャガーさんにずっと見られている。
「…ジャガーさんは入んないの」
「入ったらオレが髪洗ってる時とか見れない」
「…せめてこっそり見るとかさあ」
「それは昨日やったから」
その言葉が、重い ジャガピヨ
「お前さ、これからどうすんの、どうやって生きていくの」
「わかんないよ、酔ってる時に聞かないでよ」
「じゃあ明日の朝また聞くからな」
目をギュッと閉じて、畳に頭を擦り付ける。駄々っ子だ。
「攫っちゃおうかなあ、お前のこと」
ピヨ彦が目を閉じたまま黙ってしまった。このまま寝ちまうのかな、布団を敷いてやらないと。
「いいよ」
2月17日
世界が狂う ジャガとピヨ
恋というのは人をおかしくしてしまうのだ。なるべく落ちたりしないほうがいい。ギタリストになるためにやらなければいけないことだって沢山あるし、ジャガーさんにばかり構っていられない。変なことばっかりして、それなのにたまに優しくて、ああくそ、僕を呼ぶ声がする。
僕はおかしくなってばっかりだ。
結局は、君に辿り着く。 ジャガピヨ
「ピヨ彦、手相を見てやるという名目で手を触りたいんだけど」
「心の声漏れちゃったね」
つつ、と線を辿りながら手のひらに横棒を書く。くすぐったいのかピヨ彦の指先がびくりと震えた。中指の付け根からまっすぐ下ろして、途中で一回転。手のひらの真ん中に横棒二本。縦棒一本、左側に弧を描くと、ピヨ彦が耐えきれず笑った。
2月18日
泣けない子 ジャガピヨ
「癒しが欲しい」「俺とかどう?」 ジャガとピヨ
ガチャリと大きい音がして、台所に駆け寄る。固まったジャガーさんの背中越しにシンクを見ると、僕のマグカップが真っ二つに割れている。
「大丈夫?怪我してない?」
「ごめんピヨ彦」
「ん〜いいよ、ほんと大丈夫?手見せて」
「ごめんオレこんなつもりじゃなくて、」
「え、うん、洗おうとしてくれたんでしょ。珍しいなと思ったけど。ケガしてないみたいだね。新聞持ってくるから包んじゃお」
ばりばりと新聞紙が音を立ててマグカップだったものを包んでいく。ゴミ袋に入れるところをジャガーさんがじっと見ていた。
それから晩御飯を食べて、お風呂に入って、でもジャガーさんはずっと上の空のようだった。
布団に入ってもぞもぞと心地の良い姿勢を探す。ジャガーさんが電気を消す。僕もうとうとしてきた。ジャガーさんがそばにやってきた。
覆い被さってきた。
「なに、どうしたの」
「…………」
「ねえ〜」
身体をずらして、ジャガーさんが入る場所を作る。それでも布団に入ろうとしない。顔を押し付けられた胸元から、くぐもった声が聞こえてくる。
「ピヨ彦、なんで怒んないんだ」
この人まだマグカップのこと気にしてるのか。
「大事にしてただろ、あれ」
「や、そんな、長く使ってただけで、大丈夫だよ」
背中をぽんぽんと叩く。なんなんだ、僕の服とかギターとかはわざとめちゃくちゃにするくせに。変なタイミングで落ち込んでるな。どんどん胸元にめり込んでいくジャガーさんの髪に触れる。わしわしとかき乱す。正直言うと落ち込んでいるジャガーさんはとてもかわいいのだ。わざと怒った声を出す。
「ジャガーさん、ここ来なさい」
僕の隣をポンポンと叩くと、ジャガーさんがのそのそ横になった。いつもこんな調子だといいんだけど。いや、それはそれで心配になるか。ジャガーさんの肩まで布団をかける。
「明日新しいの買ってくれないと許さないから」
うん、と少しだけ力を取り戻した声が言う。ジャガーさんの手をぺちぺちと叩く。本当にケガしてなくてよかった。
2月19日
瞳は雄弁だ、 ジャガとピヨ
「で、また目は閉じとくことにしたんだ」
「おう、別にこの世界見なくていいもんばっかだしな」
ばち、と目を開くとピヨ彦がびくりとする。
「これ、嫌いか?」
ピヨ彦の目に自分の姿が映る。こいつの目、ほんの少しだけ茶色いんだな。今気づいた。
「別に、ちょっと慣れなくて気持ち悪いだけで、多分好きになる」
君たちの幸せは、悲しいね。 ジャガピヨ
たまにはピヨ彦の喜ぶことをしてやりたい。そうしたらいい気分になって笛を吹く確率が増えるかもしれない。
「ピヨ彦って、どんな時が幸せ?」
えー、と言いながらピヨ彦が考えている。
「あっ、今日ねえ、スーパーで財布の中の小銭ピッタリで払えた。なんかスッキリした」
ダメだ、こいつ。オレが幸せにしないと。
2月20日
立ち向かえ男ども! ジャガとピヨ
人はストレスの多い生き物で、少しずつ解消しないといけないものなのだ。だからハグ。
「ジャガーさんは自由に生きてる方でしょ」
「30秒でストレスが3割減るんだと」
「2時間くらい経ってるんだよ」
「いや最初の30秒でストレスが70%になって、次の30秒でまた3割だからストレスが49%になる、でまた次の」
「一生終わんないじゃん」
忘れてあげる ジャガピヨ(新居if)
今日ソファで寝るから。そう言って寝室を出た。実家に帰ってやろうかな。
ソファに座ると寝室の扉がゆっくり開く。謝っても今日は許さない。ジャガーさんが布団をかぶってソファのそばに横たわった。
「何やってんの」
「ピヨ彦がここで寝るっていうから来た」
なんか映画観る?そう言うジャガーさんを見ていると僕はなんで怒っていたのかがだんだん曖昧になってきた。