2023年3月1日~10日

 

3月1日

花言葉で愛を告ぐ ジャガとピヨ
ベランダには何もないのが殺風景だと言ったら、ピヨ彦がやっくんのとこから小さな鉢と花を買ってきた。オレ、植えてみたい。任せてもらった。
「なんでそうなっちゃうのかなあ!」
土まみれになったオレを見てピヨ彦が言う。頬を軽く手がはたいていくのが心地良い。
まだ開かないゼラニウムの蕾の先はほんの少し赤かった。

上手く、しつけてやらなくちゃ ジャガピヨ
今日はカレーだ。まあ明日も明後日もそうだ。献立決めの苦しみから数日間逃れることを考えていると、買い物袋を持つ僕の左手をちょいちょいと触ってくる。人通りもない。僕は買い物袋を右手に持ち替えて、ジャガーさんの手のひらに左手を乗せた。足が止まる。
「……や、違くて、荷物持つから、オレ」

 

3月2日

誰よりもその場所が欲しいの、 ジャガとピヨ
「オレたちのハンドシェイク決めようぜ」
「あの、海外の人がやる……」
「あれなんかマブダチっぽくていいよな。じゃあ最初は、握手すると見せかけてハイタッチ、返す手でもう一度ハイタッチ、その後は顔の前でグータッチして、お互い笛をひと吹き、次に肘を合わせて、」
「途中に受け入れられないのがあった」

君に呪いをかけてあげましょう ジャガピヨ
「好きな人の名前をリップクリームの側面に書いて使い切ると恋が叶う」
「ちゃおでも読んだ?」
ジャガーさんが神妙な顔で爪楊枝を動かしている。
「誰の名前?」
「言わねえよ、効果無くなったらどうすんだ」
なんかたまに乙女チックなこと言い出すよなあ、この人。そもそもリップクリームって使い切る前に無くしちゃうよなあ。
「彦って漢字どうやって書く?」
「あのさあ……」

 

3月3日

裏切り、ごめん ジャガとピヨ
暇すぎると人は変なことをし始めるもので、なぜかじゃんけんに勝った方が相手にデコピンするという遊びを始めてしまった。ジャガーさんのはとにかく痛い。3回でもう限界だ。僕だって本気でやっているがジャガーさんは平気そうな顔をして、ああもう、また負けた。目をぎゅっとつぶる。ちゅっと音がした。

忘れてなかったら、 ジャガピヨ
おかえり、どうだった?サヤカちゃんとこ行ってきたんだろ、ちゃんと告白できたか?えっ、言えなかった?あぁ、そう……。え?いや、うん、確かに言ったよ、オレ。失敗したらオレがもらってやるからって、うん、確かに言ったし、覚えてるよ。でもさぁ、あの……本当にいいのか?後悔しない?んじゃあ、まあ……。

 

3月4日

初恋の人でした。 ジャガとピヨ
「ピヨ彦の初恋の人ってどんなやつなんだ」
最悪の質問が来た。ジャガーさんのことだから普通に答え機嫌悪くなるぞ。あんまり覚えてない感じでいこうかな。あっ、高校時代の歌詞見られてるんだった。ちくしょう、なんで燃やさなかったんだ。
「……そんなこと気になっちゃうくらい、僕のこと好きなんだ?」

なんで怒らないの! ジャガピヨ
ふえ科でボウリングに行こうと約束していた。薄着で出掛けて、僕の喉が痛くなったのが昨日。朝にはもう体がだるくて、ジャガーさんに謝って布団にもう一度潜り込んだ。
目が覚める。ジャガーさんが僕を覗き込んでいる。
「行かなかったの」
「ピヨ彦がいないなら行かないよ」
「ごめん」
ジャガーさんが何も言わずに僕の頬を揉んだ。

 

3月5日

駄目にならない程度でお願いします。 ジャガとピヨ
知り合って十年以上になる訳だしさ、オレのこと名前で呼んでみてよ。そう言うとピヨ彦の目がキョロキョロ動いた。今更だけどジュン市さん、なんて、ちょっと奥さんみたいでドキドキするな、フフ。
「ジュンちゃん」
あ?
「今なんて?」
「ジュンちゃん」
「なんで?」
「別にいいじゃん、年下のくせに」

腹を括れ ジャガピヨ
ジャガーさんが僕の指にヒモをくくりつける。合わさったヒモにペンで印をつけていく。これはあれかなぁ、僕も覚悟を決めなきゃいけないやつかなぁ。とりあえず聞いてみる。
「なんか作るの」
ジャガーさんの手が止まる。
「……新しい、手袋、作ろうかなと思って」
あぁそう、もう春になるんだけどなぁ。

 

3月6日

負けてたまるか ジャガとピヨ
ハメ次郎と1日遊び倒した。プリクラとか撮った。コーヒーを飲むハメ次郎が上機嫌に語り出す。
「いやぁ本当に、ジャガーくんがうちの息子だったらなぁ!アッハッハ!それ何?何かのリモコン?あっ、探偵とかのドラマで見たことあるぞ、ICレコーダーってやつ?」
「うんそう、別に、ただ置いてるだけ」

今は、譲ってあげるよ ジャガピヨ
「あれ?ジャガーさん、どっか行くの?」
ジャガーさんが何か準備をしている。
「ハメ次郎とウィンドウショッピングに」
「は?」
そそくさと出ていくジャガーさんを見送るしかできなかった。は?普通に嫌なんだけど。なんであんな仲良いんだよ。
「ピヨ彦サンはワタシと行きますカ?」
「うわびっくりした」

 

3月7日

好きだって言ったら殴る ジャガとピヨ
なんだかんだでジャガーさんはデンズヌィランドのチケットだとか、僕の恋路を応援してくれてもいるのだ。頬杖をつくジャガーさんにありがとうと言うと、んーと唸った。
「ジャガーさんもさあ、好きな人とかいたら応援させてよ。……え、どうしたの?ねえ、手ってそんなにほっぺにめり込んで大丈夫なの!?ねえ!」

言ったもの勝ち ジャガピヨ
ピヨ彦、肩揉んで。服洗っといて。ゴミ出しして。膝枕して。メシ作って。風呂沸かして。服ちゃんと畳んで。布団敷いといて。手繋いで。部屋の掃除して。笛吹いて。毎朝起こして。みかん剥いて。授業ちゃんと聴いて。ツッコんで。ギター弾かないで。笛吹いて。これからも一緒にいて。もっかい肩揉んで。

 

3月8日

御馳走様でした。 ジャガとピヨ
廊下でピヨちゃんと出会った。
「昨日さ、テレビ見た?海の……」
「ああ、ダイオウイカのやつでござるな?」
「そうそう、目が30cmあって、わぶ」
廊下の曲がり角でピヨちゃんが人にぶつかった、と思ったらジャガー殿だ。
「あ、ごめんジャガーさん、ってうわ、あああ」
ジャガー殿がピヨちゃんの髪をわしゃわしゃと崩す。そのまま拙者たちの来た方向に向かって歩き始めた。仲が良いのかなんなのか、変ないちゃつき方をするのはやめて欲しいと拙者は思った。

明日を考えよう ジャガピヨ
「もう12時過ぎてるぞ、早く寝ろ。明日バイトだろ」
「起きれるよちゃんと」
ジャガーさんがのしかかってきて僕の手からマンガを弾き飛ばす。掛け布団の上から胸の辺りを潰されてうめき声が出る。
「もう寝るからさ〜どいてよ〜……」
頭の後ろにジャガーさんの息があたる。
「……やっぱもうちょっと起きてようぜ」

 

3月9日

本気にしないよ、それでいい? ジャガとピヨ
そろそろお時間ですのでご支度をお願いします、と店員さんが伝票を届けに来る。ふえ科は結構酒を飲む。はい、みんな立って。ぺちぺち手を叩くとみんなぞろぞろと靴を履く。ジャガーさん以外。ジャガーさんが僕の腰に巻き付いてくる。
「オレ今日お持ち帰りしちゃおっかな」
はいはい、一緒に帰ろうね。

御不満ですか? ジャガピヨ
歩きにくいったらありゃしない。ジャガーさんを巻き付かせたまま鍵を開ける。
「着いたよ。どうする、このまま寝ちゃう?」
「シャワー浴びる」
「ん、いってらっしゃい」
「一緒に行く」
「なんで!」
「オレお持ち帰りするって言った」
振り向くと、ジャガーさんの顔が思ったよりも近かった。
「それとも何、オレじゃダメなの?」

 

3月10日

どっちが、 ジャガとピヨ
ジャガーさんて、大きいつづらを持って帰りそうだよねえ。図書館でなんとなく手に取った絵本を眺めて、ピヨ彦がそう言った。
「そんなことねえよ。てか、なんでこのおじいさんって雀連れて帰らなかったんだろうな」
「そうだねえ」
「オレだったらつづらよりピヨ彦を連れて帰るよ」
「僕舌切られるのやだよ」

きみがねむっているうちにころさなきゃ ジャガピヨ
ジャガーさんの鼻ちょうちんをカーテンの隙間から一筋の月明かりが照らしている。僕はそれをなんとなく眺めている。スッと伸びた眉毛に触ろうとしてやめた。触ると何かが変わってしまう気がするのだ。触らない方がいい。殺した方がいい。多分きっと間違っている。普通に女の子を好きになった方が楽だろう。