3月11日
覚えてもいないくせに ジャガとピヨ
「ジャガーさんクイズな。オレが一番好きな食堂のメニューは?」
「マグロ丼でしょ」
「せいか〜い」
布団の中でぽつぽつと話をしている。もう正直眠い。
「オレとピヨ彦が初めて会ったところはどこ?」
「オーディション会場の前でしょ、確かジョニーミュージックの」
ジャガーさんがニヤッと笑った。合ってるはずなんだけど。
チョコとかパフェとか、愛とか ジャガピヨ
外の寒さも緩くなって、風呂のお湯が冷めにくくなってきた。ピヨ彦が上がって風呂の縁に腰掛ける。水位が低くなる。
「のぼせたか?」
「ちょっとだけ」
普段服に隠されている生白い脇腹に水滴が伝う。それに口付けるとピヨ彦が避けた。
「やめてよ、くすぐったいな」
ただのお湯なのに、なぜか甘く感じるのだ。
3月12日
たった一つのエンディング ジャガとピヨ
喉の渇きで目が覚めて、枕元のペットボトルを手に取った。部屋の中はしんとして、目を凝らすと隣の布団がぺしゃんこになっているのが見える。玄関に靴。カーテンが少しだけ開いていて、ぼんやりと明かりが差している。ベランダに出て、ジャガーさんの背中の服を掴む。きみの星がここであって欲しいと思った。
…それを、いま言う? ジャガピヨ
「ピヨ彦、あーん」
水餃子が乗ったレンゲが僕の目の前に突き出される。ちょっと寂れた中華料理屋、客は僕たちしかいない。注文を取ってくれたおばさんも、天井の隅で流れている野球に夢中なようで、僕は静かに口を開けた。
「……外ではさ、こういうのちょっと」
「あーごめんごめん、そうだよな。ピヨ彦の隣の人が見てるもんな」
3月13日
負けてたまるか ジャガとピヨ
世界が狂う ジャガピヨ
周りの勧めで小さな個展を開くことになった。壁に沿わされたモルタルの展示台の上、アクリルの箱の中で珍笛たちが気をつけをしている。在廊中は僕も同じように壁にくっつけたパイプ椅子に座って小さく座っている。大して顔出しもしていない(ピヨひこ堂のグッズも全て撤去して燃やした)ので、ぽつぽつと訪れる人たちに話しかけられることもない。多分このギャラリーのバイトだと思われている。ぼうっとしていると、親父くらいの歳の男性から声をかけられた。
キミが酒留清彦くんかな。はい、そうですけど。作品、どれも素晴らしいけど、
笛に対する愛がないねえ。
あるわけねえだろうが、くそが。
宇宙から帰ってきたマレーシアお笑い芸人が男をパートナーにしているというのは結構週刊誌のネタになるらしい。しかもなぜか社会的地位をある程度持ってしまったオレたちは、蔑みの対象というより「十数年間の中で育まれた暖かく美しい愛」みたいな取り上げ方をされてしまった。そんなもの、そんなものどこかにあるだろうか。ねえよ。そんなもの。できることなら、ピヨ彦をずっと家に閉じ込めておきたいと思っている。誰とも喋らないでいて欲しいと思っている。ふざけたことを言うオレに、オレにだけツッコんで欲しいと思っている。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちを、美しい愛だなんて。
「ただいまあ、今日焼きそばでいい?」
ピヨ彦の声がオレを引き戻す。焼きそば。
「どんなやつ、ソース?塩?」
「ソースで、油でギトギトのやつ」
「食う食う食う」
フライパンにぎゅうぎゅう押し付けて、パリパリになったところが口の中でガリガリ音を立てる。これでいい。こういうので。
皿を洗うピヨ彦を後ろから覗き込んで、風呂に入って、歯を磨く。これでいい。
布団に横になって、オレに背を向けているピヨ彦の頬の輪郭をなぞる。これがいい、そう思ったのにピヨ彦がこちらを振り向いて眉毛の端を下げながら言う。
「ごめん、今日そういう気分じゃなくて」
「それなら尚更来いよ」
額にジャガーさんの口があたっている。息が生温い。背中に温度を持った手が添えられている。僕はでかい楽器みたいだ。笛に対する愛なんてない。僕は目の前の吹く人の方が好きなのだ。吹いてもらわないと意味がない。アクリルの箱越しに何がわかるんだと思った。
あっ、と声を出すとピヨ彦の肩がびくりと跳ねる。なに、というピヨ彦の顔に思いつきを投げかける。
「CD出したい」
「どんな」
「デスメタルとバラードを交互に収録する」
「情緒めちゃくちゃになるんだよなあ」
「オレの笛とピヨ彦のギターでさ、もう一回だけ、世界めちゃくちゃにしてやろうぜ」
いいねえ、それ。
3月14日
Be mine forever. ジャガとピヨ
ラッピングされた水色の箱をジャガーさんが差し出してきた。なにこれ、と言うと「焼き菓子」と小さく答えた。
「……いつも世話になってるし、気持ち。っていうか今日なんの日かわかるだろ」
そう言ってジャガーさんが先に帰ってしまった。どんな顔で家に帰ればいいんだ。バレンタインに何かあげた覚えもないし。
あの星を狙え! ジャガピヨ
パキパキと紙箱の点線をあけると、アイスが見慣れない形をしていた。
「ジャガーさん見て」
「星じゃん、よかったな」
「はい」
「なんで、ピヨ彦が食いなよ」
観念して口を開けると躊躇いもなくアイスが入ってきた。なんでこいつはラッキーなことをすぐに人に分け与えてしまうんだろうか。ぼんやり考えていると外でジョン太夫の悲鳴が聞こえた。
3月15日
御不満ですか? ジャガとピヨ
ジャガーさんがエプロンをくれた。
「皿洗うときにさ、いつも腹のあたりビショビショにしてるから。そういうのあったらいいかと思って」
ジャガーさんが洗えばすむ話なんだけど。まあいいか。腰に巻くと特徴のある字が現れた。
「『ぴよひこ大好き』って書いてある」
「うん、オレが書いた」
「えっこれ僕が着けるんだよね?」
良い子、でしょ ジャガピヨ
全然構ってくれないので、逆に口をきかないことにした。無言で飯を食う。勝手に風呂を沸かして、ひとりで入る。急に寂しくなって、布団の中からピヨ彦に謝る。
「ピヨ彦、ごめん」
「え、何が」
「あてつけみたいなことして、悪かった」
ピヨ彦が眉根を寄せる。
「なんか妙に手がかからないなとは思ったけど……」
3月16日
10センチが憎い ジャガとピヨ
「ピヨ彦くんって、思ったより背が高いね」
「普通に平均くらいだよ。170ちょっと」
「小柄なイメージあったから」
「ジャガーさんが横にいるからそう見えるのかも」
「そうかも。この前いなかった時にさ、ジャガーくんがピヨ彦くんのつむじが可愛いって言ってて全員ピンときてなくて」
「高菜さんごめん、僕がいない時の授業でなにやってるのか毎回教えてもらってもいい?」
彼氏気取りかよ ジャガピヨ
「先生、今日ちょっとだけ髪が短いような……?」
「よく気づいたなしゃっく。昨日切った」
みんなから口々にカッコイイとかさっぱりしたとか言われて良い気分になった。
「ピヨ彦はなんか言うことないの」
「なにが」
「かっこいいねとか」
「別にいつものことでしょ」
少し空気が固まって、それを砕くようにピヨ彦が「今のなし」と言った。
3月17日
きみがねむっているうちにころさなきゃ ジャガとピヨ
「今日さあ、死武夜で絡まれちゃってさあ、最悪だよ。まあ色々あってハマーさんと夜ご飯食べてきた」
「どんなやつ」
「牛丼」
「違う、絡んできたやつ」
3人組の特徴を聞いてからピヨ彦を寝かしつける。音を立てないように靴を履いて、玄関を出る。別に殺したりしない。ちょっと鼓膜を破ってやるくらいなら簡単だ。
結局は、君に辿り着く。 ジャガピヨ
タイムマシンがあったら過去と未来どっちに行く?と問いかけるとジャガーさんが「過去かなあ」と言った。
「ピヨ彦のちっちゃい頃見たい」
「実家で何回も写真見てるでしょ」
「もっとひよこの状態の時に会ってみたい。可愛いだろうし」
「未来の僕は見なくていいの?」
「それはいずれ見れるから別にいいよ」
3月18日
酷い男 ジャガとピヨ
「トロッコ問題ってあるけど、あれってどうするのが正解なんだ」
「正解とか無いって聞いたことあるよ。でもまあ多くの人を助けた方がいいんじゃないのかな」
「トロッコを切り替えた先の1人がオレだったらどうする?」
「5人の方にトロッコ戻す」
「……1000人の命とオレひとりだったら?」
「1000人轢くよ」
終わりのない夜 ジャガピヨ
昼寝をしすぎた。布団の中でただ目を瞑っているだけの時間が過ぎていく。多分もう2時くらいだと思う。あー、明日だるくなっちゃうなあ、嫌だなあ。僕の頬を微かな感触が伝って目を開けると、ジャガーさんの指先だった。
「なに、どうしたの」
「ベランダでサイダー飲もうぜ」
ふーん、まあ、いいけど。
3月19日
※学パロです。高校生のジャガーさんと教師のピヨ彦
欲しいのは、そっちじゃない ジャガとピヨ
「来週から職員室しばらく入れなくなるから」
「なんで?オレのこと嫌いになった?」
「いや……先生みんなテスト作るから」
オレはポケットからスマホを取り出して先生に向けた。
「ねえ、写真1枚撮らして。それ見て頑張るから」
「珍しいな、テスト勉強するつもりなんだ」
「ううん、出待ちを頑張る」
大人になりたくない ジャガピヨ
「やだなあ、オレずっと高校生のままがいいよ」
だって先生と毎日会えなくなっちゃうんだもん。そう言いながらちゃぶ台に頬を押し付けている。
「勝手に家に来るくせに何言ってんの。それに大人だって楽しいこと沢山あるよ」
ジャガーくんの前に茶を出すと、そっかあ、と大きな声を出した。
「やっと先生逮捕されなくなるんだ」
3月20日
欲しいのは、そっちじゃない ジャガとピヨ
ミックスフライ定食、イカリング、醤油だこんなもん。と思ったが調味料のトレイに醤油がない。隣を見るとマグロ丼を食べているジャガーさんの手元に醤油がある。
「ジャガーさん」
左手でジャガーさんに手を差し伸べると、ジャガーさんが「ん」とだけ言って手を握り返してくる。そのままマグロ丼を食べ続ける。違う。
お代はキスでいいよ ジャガピヨ
肩で息をするピヨ彦に顔を寄せると、力の入っていない腕が巻き付いてくる。半開きのまま合わさった口を一生懸命に吸う姿は、なんだか餌を強請る雛鳥のようにも見えた。お前のこと、鳥籠で飼いたいよ。飯も好きなことも、全部やるからさ。いつの間にかオレの方が強く口を吸っていて、ピヨ彦が口の端でにやりと笑った。